第四十九話 潜入

 招き入れられた石光はリビングに来てキョロキョロして冴子に尋ねる。

 「私の荷物はどちらに置けばいいですか?」

 「そこのソファの横でいいよ」

 石光はてくてくと歩いて、つい今しがたまで俊が寝転がっていたソファの横まで来た。ソファの上にはブックカバーが掛かっている本が置いてある。

 (この本、インテリジェンスの本かな?確認したいけど、勝手に覗いてたら冴子さんの心証悪くしそうだから、グッと堪える……)

 石光はソファの横に自分のカバンを置くと、カバンの中からエプロンを取り出して着けると、袖を捲りながらキッチンにいる冴子の元へ向かっていった。

 「そういえば、さっきインターホンで応答した人は旦那さんですか?」

 石光が訪ねると冴子は溜息をついて答えた。

 「ああ、前に話した学校行く以外はほぼ引き籠もりの息子」

 「そうだったんですか」

 (小野寺君にしては声が違ったような……声色変えたのかな?)

 「ホント、あの子の将来が心配だわ……そういえば、真紀ちゃんは高校2年生だっけ?」

 「はい。都立のM高校です」

 「あら?うちの息子と一緒じゃない?」

 「……すみません、おそらく同じクラスかと」

 石光はインテリジェンス関連の本で読んだ『すぐバレる嘘は信用を失う』を実践し、正直に話すことにした。だが、石光と俊との関係については、はぐらかすことにした。石光自身もそうであるが、親にあれこれ言われるのは嫌であろうし、俊ならではの事情があると思ったからである。

 「あの子さっさと帰るでしょ?」

 「ですので接点がないのでなんとも……」

 冴子はボールに入れた卵をかき混ぜながらため息をついて天を仰ぎ見る。

 「あの子も真紀ちゃんみたいに社交的ならなぁ……娘に欲しいなぁ……うちにお嫁に来ないかなって、真紀ちゃんが可哀想だね」

 「そんな……恐縮です」

 冴子の言葉に滅相もないと俯いて答えた石光であったが、実のところはにやけた顔を隠すのに必死で会った。

 (冴子さん公認……冴子さん公認……お義母さん……ぐふふ)

 「そこの薄力粉取ってもらえる?」

 「……あっ、はい」

 冴子の指示に石光は我を取り戻し、薄力粉を渡した。その後、二人で楽しく談笑しながら菓子作りを進めていった。


 「楽しかったから、作り過ぎちゃった」

 「色々教えてもらって有難うございます。すごく参考になりました!」

 石光は深々と頭を下げると、冴子はいいからいいからと頭を上げるよう促し腕組みをして、沢山作った菓子を眺めた。

 「とりあえず、半分ずつに切るから半分は持って帰って」

 「そんな!材料だって小野寺さんが用意したのに!」

 滅相もないと被りを振る石光に対し、気にしないでと冴子は菓子を切り分けてタッパーに詰め始める。

 「すみません、何から何まで……」

 「いいのいいの、気にしないで」

 「タッパー返しにきますね」

 「百均で買った奴だから別に返さなくてもいいよ」

 「いえ、返しにきます」

 (たしか物の貸し借りで、接触回数を増やすってインテリジェンスの本に書いてあったよね)

 石光はここでもヒューミントテクニックを使っていく。冴子からタッパーを渡されると、長居してしまってすみませんとぺこぺこしながら石光は帰っていった。

 (ぺこぺこしてる真紀ちゃんかわいい……)

 冴子は尊いものを見つめる目で石光を見送った。


 俊は自分の部屋から物音を立てずそっと出ていきリビングとキッチンを確認し、石光がいないことが分かると何事もなかったかのようにリビングのソファに寝ころんだ。

 「何、あんた石光さんと同じクラスなの?」

 寝ころんだ俊に冴子は質問を投げかける。

 「まあね」

 「だから、バタバタと自分の部屋に引き籠もったわけ?」

 「そういうこと」

 「別に普通にしてればいいじゃない」

 「嫌だよ。プライベートの空間に学校の人間入れたくない」

 「……はいはい」

 冴子は自分の息子に呆れ果てて言及するのをあきらめた。俊はソファに置きっぱなしにしてあった本を手に取って開いた。

 (……それにしても、尾行などの不正行為ではなく、堂々とアポを取ってこの家に入ってきたのは、インテリジェンス能力が高くなったとしか言わざるを得ないが……急成長すぎて普通に喜べないし怖い……)

 俊は開いていた本を閉じ、キッチンで片づけをしている母親に確認する。

 「そういえば、なんで石光さんと仲良くなったの?」

 「お母さんもね、SNSをはじめたのよ。勝手が分からず、とりあえず作ったお菓子の写真を上げていたら反応してくれる人が居てね、その人と仲良くなって――」

 「ネットで仲良くなった人と気軽に会ってはいけません」

 俊は警察が小学生向け防犯講習でいいそうな注意を口にすると冴子は反論する。

 「出会ったのはたまたまで、雑貨屋さんのお菓子イベントで会ったのよ」

 「……へぇ……へぇえ」

 俊は石光の手腕に何も言えなくなっていた。

 (偶然装って接触するとか完全にその手のやり方じゃねえか……)

 俊は石光の接触方法に驚くも続けて冴子に質問する。

 「母さん機械苦手だったのにSNSなんて始めるとは」

 「そうそう、なんでもチャレンジしないとね」

 (なんかそんなセリフを最近聞いた気がする……)

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