第四十八話 レゲンダ
昼行燈でクラスカースト下位を演じているという石光の推察は合っていた。俊は様々な工作を目立たず行うために、『昼行燈でクラスカースト下位』というレゲンダを設定したのである。レゲンダとはロシア語であり、英語でいうところのレジェンド、つまり伝説という意味である。ロシアの工作員たちは、西側でいうところのカバーストーリーである工作のための身分や設定をレゲンダと呼んでいるのである。
俊は目立たず動けるのでこのレゲンダを気に入っているが、工作を仕掛ける際に相手からの同意を得にくいのが難点である。心理学の面からいうと、『昼行燈でクラスカースト下位』というのは、権威の原理におけるハロー効果(一つのことが優れていると他のこと全ても優れていると他人から思ってもらえる)は使えない。そのため、相手の説得は理詰めで、尚且つ相手の心を正確に把握しないといけないというハードモードである。しかし、俊はむしろ良い勉強になると考えている。
(石光がちゃんとインテリジェンスを学んでいるっていうのがわかった。こうなってくると、俺の行動原理がバレることになるけど、それもまたトレーニング。それを上回る行動を取れるようにならなければ)
石光から推察のメッセージを受け取り、一層気を引き締める俊であった。
◇◇◇
中間テストも終わり6月はじめの休日、俊は自宅のリビングに置いてあるソファに寝ころびながら本を読んでいた。
「あんたねぇ、高校生なんだからちょっとは友達と遊びにいくとか、彼女つくるとか青春らしいことしなさいよ」
ダラダラしている俊に対しキッチンから母親が注意する。
「友達ねぇ、彼女もねぇ、進んで作る気もしねぇ」
どこぞの演歌のようにリズミカルに韻を踏んで俊が答えると母親は溜息をついた。
「すでに東京にいるんだから何もないってことはないでしょうに。……ん?何もない田舎だからこそ友達とか彼女を作ろうとするのかな……?いや、そんなことはどうでもいい」
母親が自問自答しつつキッチンでせっせと準備している母親に対し俊が質問をする。
「今日も菓子作り?精が出ますなぁ」
「あ、そうそう今日は趣味仲間と一緒にやる予定だから。ぐーたら息子をあまり見られたくないから部屋に籠ってたほうがありがたいんだけど、いつもみたいに」
母親の提案に対し、俊は反抗する気もなく「へぇーい」と生返事をして自分の部屋に戻ろうとするとチャイムがなった。
「ごめん、今まだ手が離せないから出て」
母親が大声で俊に頼むと、「へぇーい」と先程と同じ生返事で廊下に出て、インターホンのモニター親機の液晶画面に映し出されている人物を確認した。俊は液晶画面を見て固まってしまった。
(……これが母さんの客人?……いや、待て、考えろ。帰るときは尾行を巻くルートで家に帰っていたし、尾行されている気配もなかった。やはり、母さんの客人か?だとしても非常にまずい。母さんは居ないことにするか?駄目だ、母さんの携帯番号知っていて電話を掛けられたらおしまいだ。母さんにも関係を詮索される)
俊が思考を巡らしていると、液晶画面に映し出されている人物は呼び出しボタンに手を伸ばした。家の中に2度目のチャイムが鳴り響くと「ちょっと早く出て」とキッチンの方から母親の声がする。液晶画面に映っているのは、ショートカットで左前髪がクセで少しはねており、目鼻立ちがはっきりしている少女、前日も同じ教室で時間を過ごしていた石光真紀だ。俊は深呼吸をして応答ボタンを押した。
「はい」
俊は声で悟られないようにするため、地声より低く籠った声を出して答える。まるでプライバシー保護のために変換されたダックボイスみたいになってしまった。
『すみません、小野寺冴子さんのお宅でよろしいでしょうか?』
「はい、今日来られるお客さんですか?」
『はい』
(……まじか)
「では、入ってきてください」
俊は石光に家に入ることを促すと、はっと思いついた。
(靴隠さないとヤバい)
俊は急いでシューズケースに自分の靴をしまうと急いで自分の部屋に駆け込んでドアに鍵をかけた。ドタドタと駆けていった息子を尻目に冴子は玄関に向かうと玄関のドアが開き、お邪魔しまーすと石光が入ってきた。
「いらっしゃい、真紀ちゃん」
「今日はよろしくお願いいたします」
石光は深々と頭をさげると、冴子はいいのいいのといってキッチンまで引っ張っていった。一方、自分の部屋に引き籠もった俊は色々考えていた。
(俺が対応してよかった。怪我の功名だ。靴があったら、ここが俺の家ということを裏付ける証拠になってしまう。それにしても一体どういうことだ?何故、母さんと仲がいい?母さんは趣味仲間といっていた……菓子作りが共通の趣味?……石光にそんな趣味はなかったはず……少なくとも4月に調べた時点でだが。新しい趣味が増えた可能性があるな。だがどうやって母さんと交友を深める?どうやって接点を持つ?とりあえず、このことに触れておくのはやめておこう。こちらから質問することもしない)
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