第四十六話 欺瞞行動

 翌週、石光は俊との約束通りに積極的に話しかけていくことはなくなったどころか、一切の会話をしなくなった。辻や小島は訝しみ石光にそのことについて尋ねた。

 「先週までは散々話しかけていたのにどうしたの?」

 「うん、まぁ色々と話してなんとなくわかったので、もういいかなと」

 石光の答えに興味を持った辻が追及する。

 「わかったって何が?」

 辻は石光の行動が180度変わったことに何かあるのではないかと感じていた。例えば、辻がされているように俊が石光の弱みを握っているのではないか、などである。

 「基本的に人と関わろうとしないんだろうなって。あしらわれまくりだった。これ以上は相手にもこちらにもメリットないかなと」

 「ふーん、それならいいんだけど」

 辻は石光の受け答え方から、自分のように弱みを握られたようではないことを悟った。その日の夕方、石光は俊へSNSでメッセージを送信する。内容は小島や辻の動向がメインである。石光は彼女らの情報を伝えれば、自分には無理でも俊なら小島の行動を止められる。石光にとっても俊に情報を伝えることは利益につながるのである。

 石光は積極的に小島や辻のことやその他付随する情報を提供し、また積極的にインテリジェンスを学んでいった。俊は積極的にインテリジェンスを学んでいく石光に対し、関連書籍の貸し出しを行っていた。もちろん直接渡すと人目につくので本の貸し出しと返却は、互いの下駄箱、机の中、ロッカーなどを使用した。人知れずこっそりと物を返す行為は、二人だけの秘め事をしているようで石光にとっては楽しかった。

 インテリジェンスの勉強は俊との接点を作るためと思い、義務的にしているところがあったが、CIAの嘘を見抜くテクニックが現実に使えることが分かり、インテリジェンスを学ぶことが楽しくなってきてしまった。使えることが分かったのは辻と小島の会話からであった。

 昼休みに辻が小島に対して中間テストに向けて勉強しているかを尋ねているときであった。

 「碧は中間テストの勉強してる?」

 辻の問いに対し、小島は即答する。

 「中間テストの勉強をしてる?ないない。まだ2年の1学期だし、そんなにガツガツ勉強する必要はないっしょ?がり勉じゃあるまいし。それに私たちいつも遊んでんじゃん?どこに勉強する暇があるわけ?今が楽しけりゃいいっしょ!」

 そのやり取りを見ていた石光はニヤニヤが止まらなかった。

 (うっわあ、碧完全に嘘いってるわ。まず、質問のオウム返し。オウム返ししている間に回答を考えてるね、あれ。次に『2年の1学期でガツガツ勉強する必要はない』とか『私たち、いつも遊んでんじゃん』という説得力のあるセリフ。最後は『今が楽しければいい』と問題を軽くするような発言。欺瞞指標だらけだわ。といっても碧の進路は私大推薦狙いなの知ってるし、嘘ってわかってるけども)

 CIAの尋問官によって編み出された嘘を見抜くテクニックであるが、相手の質問に対して5秒以内に欺瞞行動を1つ、次の質問までにさらに1つ以上の欺瞞行動を取った場合は嘘をついている可能性が高いとされている。この規則をクラスタールールと呼んでおり、このルールに当てはめ、嘘をついている可能性が高い質問について詳しく聞いていくのである。欺瞞行動(指標)とは、嘘をついている可能性があるときの言動や仕草を指す。まず、オウム返しである。オウム返しは欺瞞行動のひとつと考えられている。確かに相手の質問を確認している可能性もあるが、小島は立て続けに欺瞞行動を取ったので、このオウム返しは欺瞞行動の一つである。脳科学の観点からいうと、喋るスピードに対し脳はその10倍のスピードで思考しているといわれる。小島のオウム返しは、それらしい回答を考えるための時間稼ぎといってよい。次に『2年の1学期でガツガツ勉強する必要はない』や『私たち、いつも遊んでんじゃん』といった説得力のあるセリフである。このように反論できないようなセリフをCIA尋問官たちの間では説得力のあるセリフと呼ばれており、嘘をついている人間は嘘をついている居心地の悪さから相手に納得してもらおうと筋の通った説得を試みるのである。『今が楽しければいい』は事を軽くし、大した問題に見せないようにするために行う欺瞞行動である。

 小島の回答は質問から5秒以内にオウム返しによる欺瞞行動が1つ、次の質問をするまでに『2年の1学期でガツガツ勉強する必要はない』、『私たち、いつも遊んでんじゃん』、『今が楽しければいい』と3つの欺瞞行動があるため、小島は嘘をついている可能性は非常に高い。

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