第四十三話 交渉

 懐柔も何もないだろと思いながら、俊はテーブルにカップを手に取りコーヒーを一口啜って、またテーブルに戻した。石光は何か閃いたのかホットケーキを食べる手を止めた。

 「小野寺君って、人から褒められるが嫌なタイプ?」

 「唐突に何を……ああ、いやそういうのが嫌でさっきの回答をしていたわけじゃない。事実をいったまで。ただまぁ、実力はともかく褒められたり評価されると余計な仕事が舞い込んでくるのでそういうのは避けたいと思っている」

 「やっぱり、よくわからない」

 「よくいわれる」

 石光は再びホットケーキを食べる手を動かし始め、俊はコーヒーを飲み終わり2杯目を注文した。石光がホットケーキを食べ終わるとコーヒーカップを手にとりコーヒーを一口啜るとテーブルに置いた。

 「……よくわからないから、もっと知りたいと思うのは必然だよね」

 「いえいえ、こんなどうしようもない根性のひん曲がった挙句、性根の腐りきった奴なんか放っておいてください。こんなやつに積極的に関わったって碌なことないですよ?」

 俊がひたすら自分を卑下して関わらないよう促していると、石光はニッコリ微笑んだ。

 「そういうと思った、でもダメだから。さっきヒューミントについて色々講義してくれたよね?諜報機関の人間が協力者から情報を得るには脅しではなく友達になるほうがいいって。私はちょっとネガティブだったけど、これからはもっと積極的に人と関わっていこうと思うんだ。そうしたほうが情報を多く得られるんでしょ?小野寺君は偏屈だからいい練習になるよね、小野寺君と友達になれれば誰とでも友達になれる自信がつくよね。」

 石光が捲し立てると、俊は露骨に嫌そうな顔をした。その嫌そうな俊の顔をみた石光はしみじみとする。

 「……学校じゃ絶対見せてくれない表情だよね、それ。この表情を見た人間ってそうそう居ないんじゃないかな?」

 「人の表情を珍獣の生態でも目撃したかのように……」

 「珍獣って結構人から好かれるんだよ?って冗談はさておき、さっきもいったけど、小野寺君の意図とか意思はどうであれ、私が助けられたことにはかわりはないんだよね。その恩人についてもっと知りたいと思うし、私の中の好感度いいから。まぁ、ちょろいって思われても構わないよ。碧や咲良がなんといおうが関係ない。だから、これからも積極的に話していくね」

 石光の力強い意思の表明に、俊は観念したのか短い溜息をついた。

 「……わかったよ。じゃあこっちも条件を出していいかな?」

 俊としてはここ1、2週間ほど石光に邪魔され、休み時間中のシギントが出来ない状態であり、なんとか状況を打破したいと考えていたが、現在の会話の状況から難しいと判断し、交渉をすることにした。

 「では、条件を聞こうか」

 石光はまるで依頼者から用件を聞こうとしている暗殺者のように目を細めた。

 「話しかけるのは朝と放課後だけにしてほしい。正直、休み時間毎回は辛い、疲れる。折角の休み時間なのに休めないのは辛い。連絡先交換してるんだから、メールとかSNSのメッセンジャーでも十分でしょう?」

 俊の提示した条件に対し、石光は目を細めたままでいた。

 「それってさ、朝遅く来て放課後はさっさと帰るつもりでしょ?」

 石光がジトっとした視線を目線を送ると、俊はしっかりと反論する。

 「いや、事前に連絡してくれれば時間を作って放課後にお相手しますよ。それに休み時間ずっと私を相手にするのは小島さんや辻さんに良い印象を持たれないと思います。今日のように学校の生徒の生活圏外で二人っきりで会うのが安全です。ふ、た、り、き、り、で」

 俊は顔を石光に近づけ、口元に手を当てて小声で囁いた。

 「ぃ、いや、碧と咲良には探りを入れていると言い訳すれば、いいだけだし?」

 あからさまに慌てる石光に対し、俊は非常に穏やかな声で話を続ける。

 「では、想像してみましょう。散々休み時間に喋っていた二人が、唐突に接触すらなくなってしまい、周りのクラスメイト達は『あれ?仲違いでもしたのかな?』と思うわけです。でも、実際は二人きりで会っている。しかし、それを学校の人間に見られてしまい……いやぁもうスキャンダルみたいになりますよ。それで石光さんは色々な人から聞かれるわけです。『二人は付き合ってるの?』って」

 「ぁふぁ?そんなことあり得ないでしょ!?じゃ、じゃあさ、小野寺君がその質問されたらなんて答えるの?そういうふうに見られちゃってもいいわけ!?」

 石光が興奮気味に質問すると、俊は冷静に回答する。

 「そうみられても仕方ないですね。甘んじて受け入れましょう」

 (ただし、否定しないとはいってない。何重にもアリバイ工作を仕込んで、会っていないことを証言します)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る