第三十一話 宣言
山下は自分の位置がバレないようゆっくりと後方を向いてサーマルスコープで覗く。
「動物じゃない、人だ」
「こっちに向かってくるか?」
「来てる」
俊もゆっくりと後方を向いて目を凝らす。
「……辻だ。まぁ、話し合いを覗くとしたら、この森に入り込んでくるよな。山下はここで撮影を継続してくれ。俺は辻を別の場所へ誘導する。俺と山下の協力関係を知られると面倒だ」
「わかった。気を付けて」
俊はスニークフードを脱ぐと姿勢を低くし、草木で姿を隠蔽しながら辻の方へ向かっていった。
(話し合いを見られる位置っていったら、この森の中だよね)
辻が慣れない足取りで森の中をゆっくり進んでいくと、背後から誰かの腕が伸びてきた。その腕の掌は顎を突き上げるように抑え込む。辻は上体が反る姿勢となってしまい身動きが取れなくなった。顎を抑えられているため大声を上げられず、んーんーと呻く。
「静かにしろ、辻。大声を出すな、石光と小島にバレるぞ?」
俊が辻の耳元でささやくと、落ち着きを取り戻して暴れるのをやめた。辻が抵抗しないことがわかると俊は拘束を解く。
「……あんたも見に来てたんだ」
小さい声で辻が問いかけると、まぁな、と俊は答えた。
「話し合いを覗きやすい場所を見つけたから一緒に見るか?」
俊の提案に対して辻は訝しみ、疑念の眼差しで見つめる。
「本当に大丈夫?私を何かの囮にしようとか考えてない?」
「何をどう囮にするんだ?俺たちがいるってバレたら石光と小島の話し合いは中止、すべてが水の泡だ」
「それもそうね……じゃあ、案内して」
「あまり時間がない、急ぐぞ」
俊は話し合いを覗きやすいポイントへ辻を連れて行った。その位置はだいぶ距離を詰めており、バレてしまうのではないかというぐらい近かった。
「ここ近すぎない大丈夫?」
「近くないと会話が聞こえないだろ?あと、ここの茂みは深いからあちらからは見えない。だが、ここにおあつらえ向きの覗き穴が開いている、完璧だ。俺たちは音を立てず息をひそめて会話を聞いていればいい」
「この穴を二人で覗くの?小さくない?」
二人で覗こうとすると、お互いの顔が触れるぐらい凄く近くなる。完全に恋人同士の距離だ。
「贅沢言うな。ほら、フラフラするなって」
俊は辻の肩を抱き寄せると、辻は顔を真っ赤にし、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった。
「お、石光と小島が来たぞ。静かにな」
その様子を一部始終見ていた山下はおったまげて、開いた口が塞がらなかった。
(……何あれ、完全に恋人同士みたいじゃん……。小野寺君、普通に辻さんの肩を抱き寄せてるし……。でも小野寺君って、利益のためなら普通に好きでもない人とキスとか平気でしそう……)
「さて、話って何かな?」
小島は腕組みをしながら少し顎を上げ、見下げる視線を石光に送った。
「私の気持ちは変わらないよ。碧のやってることはやめさせる」
石光の語気は強くなかったが、目が座っており力強い意志を感じた。
「あはははは!朝、あの程度でフラフラだった人が良く言うわっ!」
腹を抱えて笑っている小島に対し、石光は冷静に返す。
「ちょっと昔のことを思い出しちゃっただけだよ。いってなかったね、私ね、幼稚園、小学校と仲の良かった友達が居たんだ。でもね、その友達が中学に入ってからイジメに遭っちゃってね。私もイジメられるのが怖くて助けようとはしなかった。気には掛けていたけど、その友達は私がイジメられるから、関わらない方がいいよって……。その言葉に甘えちゃったんだ。……中2の2学期が始まってすぐだったかな、その子が居なくなったって、その子の親から連絡が来てね、授業ほっぽり出して探したんだ。それで私が一番最初に見つけたんだ……間に……合わなかったけど……」
「だ、だったらなんだっていうのよ!?そんなの私の知ったこっちゃない!」
石光の迫力に気圧されながらも、小島は聞く耳を持とうとしない。
「だから、もう二の轍は踏まない。私の目の届くところでのイジメはやめさせる!」
石光が力強く宣言すると小島は狼狽える。
「なんで!?そんなに私が嫌い!?」
小島の問いに対し、石光は大きく被りを振ってから叫ぶ。
「そんなことは言ってない!碧のイジメはやめさせる!でも、誰かが碧をイジメるっていうのなら、そいつのイジメをやめさせるっていってるの!絶対に見捨てるもんか!」
石光は叫んだあとに、大きく息を吸い込み再び叫び始める。
「ねぇ!?いるんでしょ!?小野寺君!もし碧になんかしようっていうのなら、私が相手になってやる!わかったか!」
石光の咆哮はこだまし静寂が訪れると、ヒックヒックと小島の嗚咽が聞こえてきた。石光は小島の側に歩み寄り頭を撫でる。
「わ……わだぢもち゛ゅうがく…ひっく……のどぎに゛……い゛じっめられで……だがら゛…ひっく……いえ゛から゛とおいこうこうに……ひっく」
「自分がいじめられないよう、いじめる側にまわってたわけ?やっぱ馬鹿だね、碧は」
「…う゛るさ…ひっく……」
石光は小島を近くのベンチに座らせ、落ち着くまで待った。落ち着いてからは、何か食べに行こうと小島の手を引っ張って帰っていった。
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