第二十二話 決着

 小島は俊が提案した取引を恐怖のあまりに聞き間違えたのかと混乱していた。

 (…え?どうゆうこと?邪魔しないから好きにやっていいって言った?え?なんで?こちらから攻撃してきたのにそれだけでいいの?詫び入れろとか、謝罪しろ賠償しろとか言わないの?)

 頭にクエスチョンマークを浮かべている小島に俊は返事を催促する。

 「どうした?イエスかノーで答えろ。…って、そうか」

 といって俊は、小島の顎を押し上げていた左の掌を外し、首を絞めるような形で抱え込んだ。

 「もう一度言う。お前のすることについて邪魔する気はない、好きにしたらいい。今回はこれで手打ちだ。だから今後、俺に仕掛けてくるのはやめろ」

 俊が再度取引の条件を提示すると、小島はゆっくりと縦に首を振った。小島は、今日受けた屈辱は必ず倍返しにしてやるわと言わんばかりの悪い笑みをすると俊が耳元で囁く。

 「正直、中学生のころに虐げられたからといって、自分を守る為にカーストを敷く必要まであるのかね……労力掛け過ぎじゃないかって思うわ」

 小島は悪い笑みから、キツネにつままれたような表情に変わっていた。表情の変化に気づいたのか否か分からないが、俊はそのまま囁き続ける。

 「そういえば、連休中にライブ行ってたね?乙女ゲーのやつだっけ?どのキャラ推し?やっぱりクール系のキャラが好きなの?」

 俊の囁きに小島はみるみる青ざめていった。何故知っている?どうやって知ったの?という疑問と共に、過去虐げられた記憶がフラッシュバックしていき心が黒く塗りつぶされていく。俊は、小島の力が抜けるのを確認すると取り押さえていた手を離し解放した。

 小島は俯いて、「取引は飲むから……じゃあね」と生気が抜け、生ける屍のようにトボトボと歩きはじめ、ベンチに置いてあった鞄を手に取りそのまま帰っていった。

 (なんか結構効いてるな。登校拒否とかしねーよな…まぁ、小島が登校拒否しようとさして影響ないだろう。知ったことではない)


 俊は小島の帰る姿を眺めてから、倒れ込んでいる藤原の方へ歩いていく。藤原から2~3メートル手前で止まると、そこから声を掛ける。近づいてそこから反撃を受ける恐れもある。間違っても、揺すって起こそうなんてことはしない。

 「起きろ、藤原。もう終わったぞ」

 俊の声に反応し、藤原はゆっくりと上体を起こした。

 「クッソ…刃物使ったのか…?」

 藤原が呻くように問いを投げかけると、俊はふぅと息を吐いてから答える。

 「ちゃんと確認しろ、血なんて出てないだろ?そんな大問題起こすようなことするか」

 藤原が視線を俊に向けると、俊は右手に鈍く光る灰色の10センチぐらいの棒状のものを持っていた。

 「なんだよ…それ」

 「ああ?セルフディフェンスツールってやつだ。暴漢に襲われたときのためだ。そのほかにもドアの蝶番に差し込んで蹴ってドア壊したりブリーチングツールとしても使えたり」

 呑気に俊が説明していると、藤原は眉間に皺を寄せて睨みつける。

 「……今度は武器かよ……。本当に卑怯な奴だな、お前は……」

 藤原が呻くようにぼそぼそと負け惜しみを呟くと、俊はそれを無視してセルフディフェンスツールをワイシャツの胸ポケットにしまった。

 「体格差の時点で俺の方が圧倒的に不利だからな、そこを補うために道具を使う。当たり前のことだ」

 といって俊は腕を組んで顎を少し上げると藤原を見下げるような仕草をとって話を続ける。

 「この際だから言ってやろう。お前は何も拘っていない、ただ体を動かしたいだけの獣だ」

 藤原は「なんだと」と獣呼ばわりされたことに怒りを見せるが、俊は無視して続ける。

 「本当に勝ちたいのならば、相手を徹底的に調査するべきだ。相手の戦力を見極め、勝つための準備をする。それが出来ないのであれば、戦うべきではない。では、偶発的に戦わなければならない場合はどうすればよいか?負けないことを最優先すべきだ。相手の攻撃を躱し、その場から逃げることだ。相手の戦力が分からない以上、戦ってはいけない。お前のしていることはなんだ?大きな体格と空手をやっていることを過信して快楽のために戦っているだけだ。お前のような奴は、暴れまわっている悪漢に立ち向かって返り討ちに遭うか、よくて共倒れする程度の奴だよ。体を動かして勝ち負けを決めることなら格闘技だけじゃないだろ、格闘技はやめて何かスポーツでも始めたらどうだ?」

 ボコボコにされた挙句、説教までされて踏んだり蹴ったりの藤原はしゅんとしてしまい「そこまで言わなくても…」と呟き、弱った犬のようにくぅ~んと鳴き出しそうな状態だった。

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