第二十一話 取引
幾度となく俊を中心に円を描いてきた藤原も、俊がバックステップを取るタイミングが分かってきた。
(そろそろバックステップするな)
円を描き、じりじり距離を縮め続けるが俊はバックステップをしなかった。
(なるほど、本当に他の奴らは居なくなったってことか…)
藤原は俊がバックステップをしないことで、男子生徒たちが帰ったことを認識すると笑顔を見せた。
(ほかの奴らがいないことを理解したようだな)
藤原が笑顔を見せたことで、俊は彼が状況を理解したことを察した。藤原がじりじりと距離を詰めていくと、左足で思いっきり大地をけり出し右足と右手を前に出し鋭い突きを放ってきた。俊が思っていた間合いよりも遠い位置から放ってきたため意表を突かれたが、難なくかわす。
(体格が大きくなっている分、間合いが変わってるな。あと突きが速くなってる。ガタイが良くなっただけで再戦を挑むほど藤原もバカじゃない。何か隠し手があるはずだ。もう少し、様子を見た方が良さそうだ)
俊は冷静に相手の動きを分析して、次はどのような手を打つか考える。藤原は再び円を描きながら俊への距離をジリジリと詰めていく。
再び突きを繰り出すと俊も突きに合わせて前に出る。俊は体をスウェーさせて藤原の突きをかわして背後に回ろうとするが、藤原の突きが先程と異なり手前で止まる。
(…もらった!)
藤原は突きをキャンセルすると上半身を捻り、左フックを懐に飛び込んできた俊にめがけて放った。俊は左フックを両腕でガードすると吹っ飛ばされて倒れ込むが、後転してすぐに立ち上がった。
「くそ…。手ごたえがなかったからな。やっぱり効いてなかったか」
立ち上がった俊は澄ました顔で、すぐさま構えなおす。
(スウェーして飛び込んだから助かった。不安定な態勢だったから倒れ込んで力を逃がすことができた。力をうまく逃がせなかったら完全に終わっていた。腕がやられてた…それでも痛ぇ)
俊はとある格闘術でいうところの入り身を使って、相手の背後を取りに行くようなスタイルだが、その戦い方は藤原に知られてしまっているのでフェイントを掛けられた挙句、左フックを貰ってしまった。相手を地面に叩きつけるやり方は控えようと考えていた俊に藤原が連続で突きを繰り出す。
(…まじかよ)
俊は出来るだけ突きを躱し、出来なかったものは腕で払いのけ、極力直撃はしないように立ち回っていた。藤原は得意な打撃でのインファイトに持ち込めたためか、口元が少し緩んでいた。
「楽しいぜ!小野寺ぁあ!」
藤原が叫びながら渾身の右ストレートを放つと、俊は屈んで渾身の一撃を躱し、上体を大きく捻ってから右手で横薙ぎのハンマーパンチを繰り出した。ハンマーパンチが藤原の脇腹に当たると、勢いづいていた動きがピタリと止まった。藤原の脇腹に強烈な鋭い痛みが走ったのだ。まるで鋭利なものに刺されたような痛みだった。
(なんだ、これ…)
俊はさらに同じところにもう一撃入れた。藤原は再び鋭い痛みを味わうと精神的なショックを受け、思考が止まってしまった。
(なんだ……?今の痛み…刃物で刺されたのか?)
思考が止まり、動きが鈍くなった藤原を俊は技を掛けてあっさりと地面に叩きつけた。叩きつけてからはハンマーパンチで殴った脇腹を執拗に蹴り続け、刺されたと思った藤原は脇腹を必死にガードする。脇腹の守ろうとして丸くなる藤原を、俊はありとあらゆる方向から蹴り続けた。
藤原が戦意を喪失したと判断し俊は蹴るのをやめると、小島がいる方へ某アニメ監督がする演出のような首の傾げ方をして視線を送った。小島が、ひっ、と小さく呻くと俊は小島へ歩をゆっくりと進めていった。
「…な、何よ…!?」
小島は怯えを必死に隠すようにしながら、気丈に振る舞った。俊は笑顔を見せるが、目元や目の奥も笑っていない状態で小島に問う。
「暴力で人を従わせるということは、逆に暴力を振るわれても仕方がないかと思いますが、貴方は暴力を振るわれるということも覚悟して暴力を振るおうとしていたんですよね?」
俊の言葉に小島は顔を引き攣らせながら大声で応える。
「…だったら、さっさとやりなさいよ!」
「…では、お言葉に甘えて」
と言った途端、俊は物凄い勢いで小島との距離を詰めた。小島は俊の気迫に気圧され、顔を庇うように交差させた両腕を上げた。
「目を開けろ」
俊の言われたとおりに、小島が目を開けると右目に鈍い光を放つ金属片のようなものが突き付けられていた。俊は小島の背後へ回り込み、左の掌で顎を押し上げて仰け反らせるような姿勢で押さえ込んでいた。
小島が恐怖で震えていると、俊は溜息を一つ吐いてから耳元で囁く。
「さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったのやら……。まぁ、覚悟を決めたのは褒めてやろう。本当なら俺を襲うとした奴ら同様に、お前を地面に叩きつけてやりたいところだが、汚れた服装を見たお前の家族が俺に復讐してきても困るからな。ここで一つ取引をしたい」
完全に取り押さえられ、右目には何か鋭利なものを突き付けられている状況では、不平等な取引を要求されることは明白であり、どう考えても脅迫である。
「俺はお前のすることについて邪魔する気は毛頭ない。だから俺を気にする必要はない。好きにしたらいい。この件はこれで手打ちだ。今後、俺に仕掛けてくるのはやめろ」
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