第十五話 スリーパー

 藤原は、先程テーブルに来たばかりのステーキを物凄い勢いで平らげると、あ、と一言呟いて何かを思い出したようだった。

 「そういや、色々聞かれたから、答えた見返りに色々教えてくれたのかもな」

 小野寺は自分が頼んだステーキが来たのでナイフとフォークで食べやすいように切り分けていたが、藤原の話を聞いて手を止めた。

 「何を聞かれた?」

 「いや、俺が一年の時にやっていたことさ。戦えれば何でもよかったから、しょうもないやつのボディガード的なことをやっていたこととか、戦って一番強敵だったやつとか」

 小野寺はナイフとフォークを置くと、丁度運ばれてきたウーロン茶を手に取り一口飲んでから、ニコッと笑顔を見せる。

 「で?その強敵というのは誰のことを言ったのでしょうか?」

 突然、丁寧な言葉遣いになった小野寺の問いに藤原は笑顔になって回答する。

 「嫌だなぁ、そんな。小野寺さんに決まってるじゃないですか」

 笑顔で二人が見つめ合って一寸止まり、開口したのは小野寺だった。

 「あのさ、やっぱりさ、馬鹿だとは思ってたんだけどさ、そういうこと言うなってあれほど言ったのにさ!」

 「ふはははは!再戦の時は近いぞ強敵よ!」

 「ホントさ、お前の頭の中の『俺より強い奴に会いに行く』的な思考回路どうにかならんの?そんな思考回路が許されるのは1990年代までですよ。むしろ生まれてないでしょ、あなた」

 学校では絶対見られないような勢いで、小野寺が捲し立てると藤原は、てへぺろのジャスチャーをする。

 「悪いな。お前の情報をある程度流させてもらった。お蔭でお前の知りたがっているKの情報は得られただろう?お前が1年の頃と同じことをしようとしているのは分かっているさ」

 藤原の言葉に小野寺は落ち着きを取り戻し、もう一度ウーロン茶で喉を潤してから口を開いた。

 「戦闘狂の癖にそういう察しの良いところがいけ好かないな。……戦闘狂だからこそ察しがいいのか……。まぁそんなことはどうでもいい、まどろっこしいことは無しだ。いま藤原が持っているKについての情報を全て教えてくれ。あと俺についての情報をどれくらい相手に流したのかも教えてくれ」

 「で?その見返りは?」

 藤原はニヤニヤしながら小野寺の要求に対する報酬を聞く。小野寺はバックパックの中から数枚の資料を取り出した。

 「昨日、SNSでも伝えたが自衛隊の特殊部隊や精鋭部隊に格闘術を教えているインストラクターを紹介しよう。どれもガチな所だ。ただし、気を付けるべきなのは海外系の格闘術だな。スリーパーとかに勧誘される可能性もあるからな。といっても、俺らみたいな高校生は相手にされんか」

 「スリーパーってなんだ?」

 藤原は何それも食べられるの?みたいな表情で小野寺に訊いた。

 「スリーパーというのは普段は一般人として普通の生活を送っているが、必要な時に際して、工作員として活動する人間のことだ」

 小野寺の説明を聞いて、藤原はふうんと呟いてから

 「まぁ俺みたいな頭が悪い人間が工作員なんて出来っこないし、スリーパーみたいに日頃は一般人として振る舞えとか言われても絶対ボロ出しそうだから、そういう依頼があっても断っておくわ。色々とめんどくさそうだしな」

 自分には無理無理と言わんばかりに、掌をひらひらと左右に振った。

 小野寺はコホンと軽く咳払いしてから尋ねる。

 「ではKについてと、何処まで俺のことを話したのか詳しく。……ああ、この資料はあげるよ。どれ受けたいか決まったら折り返し連絡くれ」

 「Kについてだが、中学の時に虐げられてたらしくて、そういう目には遭いたくないっていってたな。だから中学から離れた学区に来たらしい。あと、家がそこそこお金持ちらしいな。一応、用心棒みたいなもん頼まれてるからな。どこらへんに家があるのかも教えてくれたわ。」

 ウェビントでの情報収集が限界を迎えていたのだが、対象Kの情報が沢山もこれほどまで容易に入手出来たことに小野寺は驚きを隠せなかった。さらに藤原が対象Kからこれほどまで信頼を獲得していたことも合わせて驚いているが、表情には一切出さない。

 「うーん、あまりにも無表情で聞いてるから、良い情報を与えているのか手ごたえがないなぁ」

 話を聞いている小野寺の無表情さに、どこかバツが悪くなった藤原はこめかみをポリポリと掻きながら言う。

 「良い情報か、悪い情報かは後でわかることだよ。藤原が知っている情報はすべて欲しい。情報を精査するためには出来るだけ沢山の情報が必要だから」

 小野寺は再び情報提供を促すとともに、かつて読んだインテリジェンス関連の書籍の内容について思い出していた。


 ――どんなに科学技術が発展し、イミントやシギント、マシントといったテキントが発達しようとも、キーパーソンに直接アクセスして情報を入手するヒューミントのほうが、短時間で核心に近づける可能性がある。


 小野寺は今まさにそのことを実感していた。しかし、その書籍にはこのようにも書いてあった。


 ――ヒューミントは核心に近づきやすい分、キーパーソンとの直接接触は危険を伴う。また、情報源が人であるため情報操作がされ易い。


 (…藤原の情報をそのまま鵜呑みにするのもいけないな。藤原の情報を元にウェビントも行っていこう。何か新しい発見があるかもしれん)

 小野寺はヒューミントで得た情報を鵜呑みにしないよう肝に銘じた。

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