第七話 追跡
「それしても、今回の工作は本当にうまくいった」
小野寺の声のトーンは抑揚があまりなく非常に平坦であり、感情が分かりづらい が、喜んでいる。
『よかったね。これで対象Tが仕掛けてきたときのカウンターができる』
山下も喜ぶと、小野寺は勝って兜の緒を締めよと言わんばかり制す。
「いや、最終目標は対象Kだ。それに今日得た情報では対象Tへのカウンターにはなりえない」
『どうするの?』
山下が小野寺に方策を問うと、間髪入れずに説明を続ける。
「石塚は、Tは万引きをすることに興奮を覚えるらしいと言っていた。これは依存性があると考えている。近いうちにしでかす可能性がある。…そうだな、現場を押さえたい」
微妙な間をあけてから、何か閃いたような山下は小野寺に質問する。
『…あ、最近になってTがKやIと距離を取っているのって…』
「禁断症状が出てきているのだろう、お楽しみスポットでも探しているのかもしれない」
山下が閃いたことに小野寺も同意した。
『犯罪行為で快楽を得ているとは…』
山下が呆れているのか憐れんでいるような、トーンで言うと小野寺が返す。
「まあ、あれだ。チープなスリルに身を任せているんだろ?」
小野寺の返しに山下がぶふっと噴き出した。
『ゲットワイルド。小野寺君ってところどころネタ挟むよね。今日のリア充っぷりといい。どれが、本来の小野寺君?』
「さてね」
小野寺が石塚と接触した週末が明けて次の週の月曜日、対象Tから小野寺に接触してきた。小野寺はいつものようにイヤホンをして耳を塞ぎ、読書に勤しんでいると、対象Tこと辻咲良が仁王立ちで見下ろしていた。小野寺はイヤホンを外して尋ねる。
「何か御用ですか?」
小野寺は相変わらず学校では丁寧な話し方をする。その丁寧な話し方に少し苛立ちながらも辻は小野寺に尋ねる。
「亜美…、石塚亜美と会ったんだって?」
「はい。カフェでぶつかってしまい、石塚さんの飲み物をダメにしてしまったので弁償させて頂きました」
小野寺の丁寧な話し方による回答に、辻はさらに苛立ちながら続ける。
「…学校ではそういうスタンスなわけ?」
「石塚さんから何かお聞きになられたみたいですが、私は入学当初からこういう感じです」
「…ああ、そう。ところで亜美からなんか聞いた?」
辻は石塚が自分のことについてどんなことを話したのか気になって仕方がなかった。
「何かと言われても…楽しく談笑しただけですよ。辻さんの話題はせいぜい、『私と同じクラス』だったぐらいですかね」
小野寺は石塚との約束は守り、辻の手癖についての会話があったことは話さなかった。無論、話してしまえばこれまでの工作が無に帰すため話すわけもない。しばらくの沈黙のうち、辻はぶっきらぼうに
「ならいいわ」
といって去っていった。
小野寺はその日の放課後も、脇目もせず下校した。しかし、行先は家ではない。学校付近の公園トイレの個室に入ると愛用しているバックパック、ミステリーランチ社製の3デイアサルトから着替えを取り出し、制服から着替えた。また、数枚の資料を取り出し確認する。山下が調べたクラスメイトの住所だ。
(辻の住所はこれだな…)
小野寺は、googleマップに辻の自宅住所を入力し、通学ルートを確認する。
(…なるほど、最寄り駅はここだな。待ち伏せ出来そうなところを探すか)
小野寺はさらに駅周辺の地理を確認し、待ち伏せポイントを見つける。そこから辻を見つけたら、尾行する算段である。
制服から私服に着替え、キャップを深く被った小野寺は公園トイレを後にし、待ち伏せポイントへ向かった。ポイントから帰宅途中の辻を見つけると尾行を開始する。シギントにて辻が対象KとIの誘いを断り、単独行動を取ることは確認済みである。辻は案の定、色々な本屋や薬局に入っては店内を隅々まで徘徊していた。恐らくは店のセキュリティを確認しているのだろう。辻が物色した店は、監視カメラが少ない、防犯ゲートがない、人が多く入っていない、などの共通する点があった。
次の日も、小野寺はシギントで辻が友人たちからの誘いを断っていることを確認した。今日はまだ下見なのか、それとも事に及ぶのか、判断しかねるところではあったが、現場を押さえるためには出来るだけ近づいて尾行するしかない。リスク増大は避けられないので気を引き締めることにした。
辻が最初に入ったのは昨日も訪れた薬局だった。店内をグルグルと周り、目薬が置いてある棚の前に止まった。目薬を手に取ってはパッケージを確認して棚へ戻している。しかし、昨日とはうって変わり客の入りが多く、辻もそれを察してか薬局を後にした。次に辻は昨日も訪れた本屋に入店した。薬局の時と同じようにグルグルと店内を徘徊したあと、漫画コーナーの棚で立ち止まり、漫画を手に取っては確認している。先程の薬局とは異なり、人気が少ないので、小野寺は事に及ぶと見込んだ。辻からは死角になっていて見えない陰から、スマートフォンのカメラレンズ部だけ出して撮影を行う。安全に死角から相手を確認できるので一石二鳥だ。辻は周りを確認し、誰もいないことが分かると、鞄の中に漫画を入れた。
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