第六話 自己呈示

 石塚たちと、まだ痛みを引きずってヨロヨロと歩く小野寺は空いているテーブル席に座った。

 「小野寺、よぼよぼ過ぎだろ?おじいちゃんか」

 小野寺の拙い足取りに石塚がクスクスと笑いながら言う。

 「いやぁ、それほどでも~」

 と顔を背けて後頭部を摩る小野寺。

 「褒めてないから」

 「お?」

 小野寺は会って30分もしないうちに石塚と打ち解け、夫婦漫才のようなことまでしている。小野寺は、石塚と会うまで徹底的にSNSを眺め、何が好きか?最近何の映画をみたか?どのような考えの持ち主か?出来る限りの情報を集め、何をしたら喜ぶかなどを分析した結果から、このような行動をとっている。今回は上手くいったが、イマイチの時もある。

 (なに?なにあれ?リア充なの?僕の知ってる小野寺君じゃない…!)

 遠巻きからカフェオレを啜って眺めていた山下は、小野寺のやり取りを眺めて狼狽した。

 「そういえば、最近は咲良と連絡とってないなぁ」

 石塚の方から対象Tこと、辻咲良の話題を振ってきた。小野寺は、きた!と心の中でガッツポーズを取りつつも、平静を装い控えめな返事をする。

 「へえ、そうなんだ。」

 「中学の頃はそこそこ遊んでたんだけど、やっぱ高校が別になっちゃうと連絡とらなくなっちゃうよね」

 石塚が自分の飲み物に突き刺さってるストローを人差し指で、ちょんちょんと突きながらぼやいた。

 「まぁ、そういうことはあるよね」

 小野寺は当たり障りのなさそうな返事をすると、石塚が小野寺の顔を覗き込む。

 「小野寺ってさ、咲良が好きそうな顔してる」

 「え?そうなの」

 小野寺は目をそらして、そっけない返事をする。

 「咲良とは話したことないんだっけ?」

 「というより、クラスとあまり関わらないようにしてる」

 「え?ぼっちってやつ!?そんなキャラじゃないでしょ!?」

 石塚は驚いた表情をして小野寺に確認する。

 「まぁ、なんというか、家の手伝いがあって早く帰らないと行けなくて、友達作っても付合い悪いだけになっちゃうから、最初から諦めてる」

 「…そうなんだ」

 しんみりとした小野寺の物言いに、石塚はこれ以上深くは聞いてはいけないと察した。

 「辻さんか…、あまり悪くは言いたくないし、見間違いか勘違いかもしれないけど、隣の席に置いてあったルーズリーフを普通に取って使ってたなぁ…って。隣の席の人と仲良いわけでもないのに。というか仲良くてもダメな気がするんだけど…」

 小野寺は、石塚を配慮して申し訳なさそうに辻について話す。しかし、これはカマ掛けである。実際そんなところに遭遇してないし、まったくもって作り話である。SNSで見かけた『手癖がわるい』という情報の裏取りだ。相手がそんなことないと返答すれば、見間違いかな?で済ませられる。

 「まだ、そういうの直ってないんだ。あの子」

 石塚の回答に、小野寺は心の中でよし!と叫んでいるが、あくまで平静を装って追及を試みる。

 「そういうことをする人なの?」

 「…うん、まぁ、やめろって注意したんだけどね。なんかうまくいくと興奮するらしい。病気か何かかな?」

 「そっか、そういう人なんだ」

 「…あっ、あんまり言わないでね。」

 石塚がはっと気づいて釘を刺すと、小野寺はゆっくりと頷く。

 「言わないし、というかぼっちなので言う機会もないよ」

 「そうだったわ」

 と言って、石塚は安堵して笑った。

 その後、小野寺はこれ以上の詮索は、疑いの目を向けられると判断し、その話題に触れることはなく石塚とその学友二人と談笑し、連絡先を交換して解散した。遠巻きから様子を窺っていた山下もしばらく経ってから店を後にした。

小野寺は帰宅してから、石塚たちとの会話を思い出し、情報を整理する。一通りまとめ終わって、スカイプを立ち上げる。山下のアイコンはオンラインになっていたので接続を試みる。接続のSEが鳴ると数コールで山下が応答した。

 『お疲れ、小野寺君』

 「お疲れ、いや山下のおかげで対象Tの弱みを握ることができそうだ」

 『いや、そんなことないよ。その確度を上げたのは小野寺君じゃないか。すごいよ、あんな行動は僕にはできない』

 山下は謙遜し、小野寺の手腕を褒め称えた。

 『えっと、遠くからよく確認できなかったんだけど、蹴られてうずくまっていたけど大丈夫?』

 一部始終見ていた山下は蹴られた小野寺の体を心配した。

 「詳細を話すと、蹴られた衝撃が股間のほうにいった」

 『え?本当に大丈夫?』

 「という、設定」

 『え?』

 会話の一寸流れが止まり、小野寺は山下が呆然としている顔を思い浮かべながら、そのまま説明する。

 「まあ、ああいう女子は、しょっちゅう男子を引っ叩いて突っ込んでいるのだろう。いつもなら何ともないことだが、いきなりうずくまられたら驚くだろう。笑ってはいたが、まともな精神なら心理的負荷が加わるはずだ。それに贖罪の意識を植え付けることが出来れば、相手から情報を引き出しやすくなる。」

しばらくの沈黙ののち、山下が口を開く。

 『…えっと、なんと言ったらいいのか…。恐ろしいね』

 得も知れぬ恐怖を口にした山下に小野寺は続ける。

 「贖罪の意識を植え付けさせる方法は、よくあるやり方だ。賠償の要求がおかしいと感じたら、回答は控えるんだ。もし、それでパワープレイ、要は大声で要求を押し付けてくるようなら、相手も過大な要求をしていることを認めているのだから、絶対にイエスといってはいけない」

 『覚えておくよ』

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