第五話 類似性の原理
小野寺は対象Tの同級生と接触するため尾行を続けていた。尾行対象はご学友二人とアミューズメントスポットに行ったり、ショッピングモールの中を回ったりしている。
(合計3人に奢りか…痛いな)
小野寺は懐のダメージを考えながら尾行を続けた。途中、帽子を被ってみたり上着を着替えたりするなどして、容姿に変化を与えてなるべき対象に気づかれないよう配慮をしていた。尾行対象たちが大手チェーンのカフェに入店すると、小野寺も追って入店した。
尾行対象たちがメニューを注文し終え、商品を受け取り喋りながら席へ向かう途中、人と接触して、商品を落としてしまった。ぶつかった相手はあわあわとしながら
「すみません、スマホ見てて余所見してました。申し訳ありません。どこかケガとかしていませんか、どこか汚れたりしていませんか。ポケットティッシュありますので良かったら使ってください」
と捲し立てると、店員が気づき寄ってきて零した飲み物を片付け始めた。ぶつかった相手は店員と一緒に片付けようとするが、大丈夫ですよーと店員にあしらわれた。
「大変申し訳ありません。お代は出しますので好きなものをご注文してください」
とぶつかった相手に低頭に謝られると尾行対象は、いや…と拒否する素振りをしようとしたが、ぶつかった相手は、私の気が済まないのでと押し切った。
(…結構ゴリ押しだけど、うまくいったなぁ…)
その様子を眺めていた山下は、カフェオレを啜りながら心の中で呟いた。
ぶつかった相手こと、小野寺は尾行対象としていた少女たちとレジに並んだ。
「折角楽しい時間を過ごされていたのに、水を差すようなことをして、大変申し訳ありません」
小野寺は謝罪を続けると、少女は両手をひらひらと左右に振り
「こちらも話し込んで注意散漫になっていたので、そちらが一方的に悪いわけではないですよ。気にしないでください」
と自分にも非があるとし、謝罪は不要の旨を伝えた。
「ところで失礼ですが、年齢はいくつですか?」
少女は小野寺に年齢を尋ねた。
「16です」
「高1?」
「高2です」
「タメだ。学校は?」
「M高校です」
「M高校?じゃあ、辻咲良って知ってる」
「え?同じクラスです」
「え?本当!?」
少女は小野寺に矢継ぎ早に質問を投げかけ、返ってきた回答で偶然にも共通の知人がいることが分かり高揚した。ヒューミントテクニックにおいて、『共通の知人を示す』というのは相手に親近感を抱かせるための方法として使われている。小野寺は、共通の知人である辻咲良こと対象Tの情報を得るために、この少女に接近した。
「君の名前は?」
少女が名前を問うと、小野寺はポケットをまさぐってから申し訳なさそうな顔をする。
「すみません、油性ペンが無くて…」
「は?」
小野寺の突拍子もない返答に少女は固まった。
「いや、お互いの手に名前を書くのかなと思いまして」
少女は小野寺がどのような意図でこのようなことをしたのか理解し噴き出した。
「いきなりクライマックスかよ、つうかそれ最近見たし、ウケる」
少女はとひとしきり笑ってから、はっと我に返る。
「え?これってもしかして――」
「入れ替わってる!?」
「違う違う、新手のナンパか何か?」
少女は訝し気な表情で小野寺の顔を窺う。
「超大作のネタなら受けると思ったので、やってみただけですよ。他意はありません」
小野寺はまるで警視庁の特命係に所属する警部のような涼しい顔をして答えた。
「ていうかさ、タメなんだし敬語やめてくれない?」
畏まって話す小野寺に堅苦しさを感じたのか、少女はフランクに話すことを提案した。
「…では、失礼して」
と言ってから、小野寺は一寸止まった。なぜ止まったのか少女は皆目見当もつかず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「今のは、さっきの作品と同時期に上映された映画のネタなんだけど、わかんないかぁ、わかんないよね」
小野寺はスベったネタの解説という辱めを受けつつも、仕切り直した。
「名前だったね。俺は、小野寺俊」
「私は、石塚亜美。ふーん、小野寺ね」
そんなやり取りをしているうちに並んでいた列は進み、小野寺たちはレジの前にきた。
「まとめて俺が払うので、好きなのを頼んで」
「気前いいねぇ小野寺!それじゃ遠慮なく」
石塚とご学友二名は手慣れた感じで、長い名前の商品名をレジの店員に伝える。
「何それ?呪文?呪文を詠唱しているの?」
戸惑う小野寺を見て石塚たちはカラカラと笑いながらおちょくる。
「小野寺、初めてなの?まぁ力抜けよ」
「ならば、俺の知っている呪文を詠唱するまでだ。ヤサイマシニンニクマシマシアブ――」
「ラーメン屋じゃねぇーから!」
石塚の被せ気味で鋭い突っ込みと胴回し蹴りが小野寺の臀部に吸い込まれた。鈍い音とともに小野寺はゆっくりと崩れる。
「いや、大げさすぎるし」
「…衝撃が股間のほうにまで伝わって…」
小野寺が声を絞り出すようにして返事をすると、石塚は目を丸くしてから、手を口に添えて、にししと笑う。
「え?これってもしかしてアレなの?あそこが痛いの?」
「…消されるな、この想い。忘れるな、我が痛み」
小野寺は小声で呻いてから、ゆっくりと上体を立て直し注文する。
「ドリップコーヒー、トールで」
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