第四話 ダブルチェック

 山下がウェビントによる情報収集、小野寺がヒューミントとシギントを駆使した情報収集を行う。互いが入手した情報をチェックし合い、分析の精度を高めていく。これがルーチンワークとなっていた。

 四月も中旬に差し掛かり、対象Tの行動がこれまでと変化し始めた。いつものように夕方からスカイプに接続し、情報のすり合わせを行う。

 「山下、こちらの調査では対象TがKとIとの交流を控えているように感じる。こっちでも簡単にSNSを覗きに行ってみたが、4月の上旬ほどやり取りが少なくなっている」

 『そうだね。あと各対象については中学時代のことも漁ろうと思ってさ、SNSから中学時代の同級生を探した。なんか、Tは手癖が良くない的なことも書いてあって。SNSのアドレス送るね。あと、同級生のSNSアドレスもまとめたやつ送るね』

 「手際の良さに恐れ入る。有難う」

 小野寺はビデオ通話でもないのに、パソコンのモニターに向かって頭を下げた。

 『同級生に実際会ってみて、詳細を確認してみるしかないね』

 「…俺の仕事か」

 小野寺がむぅと呻くと、山下がたしなめる。

 『いいんじゃない?相手は女子でしょ?小野寺君、女子受けいい顔だし』

 「またまた御冗談を」

 小野寺が滅相もない言わんばかりの返事をすると、文字チャットのSEが鳴る。小野寺はチャットの中身を確認する。


 <あの公務員は、顔は悪くないよね。すぐ帰っちゃってよくわからない奴だけど>


 四月上旬ごろの対象者SNSのやり取りが貼られていた。

 『ほら、ガンバだよ』

 山下がどこかのアニメキャラのような口調で小野寺を励ます。

 「あ、はい。頑張って接触します」

 小野寺は観念したのかよくわからないリアクション取った。文章にしたのならば、末尾に『(棒)』がつくような言い方であった。

 四月中旬ごろから対象Kによるクラス内の弾圧が始まった。根暗やオタクな生徒を蔑み始め、自分を頂点としたカーストを作り始めた。オタクである山下は見事に弾圧対象とされた。小野寺に関しては、あまりにもクラスとの接触がないので保留扱いとなっている。

 いつものように夕方からスカイプでの情報のすり合わせでは、山下は意気消沈していた。

 『なぜ此処まで虐げられなければならないのか…』

 「いいか、逆上するなよ。相手は逆上したことをいいことに更なる制裁を加えてくる算段だ。ある筋からの情報だ。今は耐えろ、対象Kを徹底的に調査して確実に無力化するぞ」

 『わかった。ところで、Tの同級生との接触はどうするの?』

 「山下から送ってもらったSNSのアドレスを毎日眺めて大体の行動パターンはつかんでいる。今週末は高校のご学友と遊ぶそうじゃないか、そしていつものパターン通りならスタバに入るからそこで仕掛ける」

 山下は、はぇ~と唸ってから続ける。

 『その行動力には恐れ入るよ。で?どうしてスタバ?』

 「ヒューミントのコツは?」

 山下の問いに小野寺は問いで返すという、連続爆殺魔だったら怒髪天を衝くこと不可避の行動をとる。

 『え?相手に安心感を与えること?』

 「正解。一緒に飲食することは安心感を与えることが出来る。これはエソロジー、つまり動物行動学の応用なんだ。動物は嫌いな相手とは飯を食おうとしない。だから逆に、一緒に飯を食べることによって、敵ではないことを深層心理に植え付けることができる。また、ランチョン・テクニックと呼ばれるものがあって、人間は旨い飯を一緒に食った相手にも好印象を抱くということが科学的にも証明されていて、会合とかで旨い飯を出すのは、このテクニックを利用しているんだ。」

 『相変わらず、すごい…』

 山下が説明に舌を巻いていると、小野寺はすぐさま返す。

 「いやいや、独学でウェビントをマスターしている山下に比べたら」

 『その返しも、もしかしてヒューミントテクニックを使ってるの?』

 山下はいたずらっぽく聞き返すと、

 「ヒューミントテクニックは知れば知るほど、疑い深くなる。これはどういう意図だ?何が目的だ?とか堂々巡りする」

 小野寺はどこかやり切れないような返答をした。

 『なんか御免…』

 「気にするな。まぁ、人から騙されにくくはなるんじゃないか?とりあえず、うまく奢って対象に好印象を与えるようにするよ」

 『ねぇ、その様子を遠くからモニターしていい?』

 山下は好奇心を抑えられず、小野寺に見学を申し入れた。

 「夕方からスタバに張ってれば見られるんじゃないかな?」

 『わかった。そうする』

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