第三話 INTs(情報収集手段)

 小野寺は高校入学当初から、面倒事には巻き込まれないように必要最低限の接触しかしなかった。休み時間はイヤホンで耳を塞ぎ読書に勤しむ。授業が終われば、部活もせず帰るといった徹底ぶりだ。入学当初はクラスメイトからどんな本を読んでいるのか問われることもあったが、本について懇切丁寧にマニアックな詳細を語れば誰もが去っていった。2年に進級しても同様である。

 「小野寺君は何を読んでいるの?」

 小野寺はイヤホンをはずして答える。

 「本についてですか?この本の著者は、元警察官僚で1972年のあさま山荘事件で、警察庁の警備課長として現場で陣頭指揮を取ったり、聞いたことあるかもしれませんが、警察の特殊急襲部隊、いわゆるSATを創設するために尽力したり、後に上司であった警察庁長官が副総理になったので、副総理補佐官として初代内閣安全保障室の室長に抜擢された――」

 「…ありがと、もういいや」

 小野寺の捲し立てるような説明に本の内容を尋ねたクラスメイトたちは去っていった。

 (これでよし)

 小野寺は寄ってくる人間を追い返すようにし、できるだけクラスメイトとの接触を避けるようにしていた。

 丁寧な口調、授業が終わればさっさと帰る。だが、与えられた仕事は最低限やることから「公務員」だの「定年間際のサラリーマン」だの揶揄されていた。

 (ま、親父は公務員だけど…)

 と小野寺は心の中で呟きながら、イヤホン越しで自分の噂話に耳を傾けていた。休み時間の小野寺は、イヤホンで耳を塞ぎ読書に耽っているように見せかけて、シギントを行っている。シギントとはシグナル・インテリジェンスの略であり、コミント(コミュニケーション・インテリジェンス)とエリント(エレクトロ・インテリジェンス)に分かれる。コミントは、通信用機材などから傍受や盗聴を行って会話内容を分析する方法であり、エリントはレーダー、ビーコンなどの非通信用電波から情報を収集し、敵の位置やレーダーの性能などを分析する手法である。小野寺が行っているのは会話内容の分析なのでコミントにあたる。

 授業が終わり、小野寺はそそくさと家に帰り、今日情報収集した内容をまとめる。パソコンを立ち上げカタカタとタイプを始める。

 (例の問題児、まぁ対象Kと呼称するか…Kとよく話してるのは、TとFとIだな。そのうち、カーストを形成していくのだろう)

 とクラスの相関図を作成しながら、今後の情勢を想像していく。ある程度相関図が出来てきたところで小野寺は携帯を取り出し電話を掛けた。

 (ダブルチェックだ。…あいつ出てくれるかな?)

 『はい、山下です』

 「お疲れ、小野寺だ。ちょっと確認したいことがあるんだけど、クラスの奴らのSNSを調査してる?」

 『その問い合わせが来るのを待ってたよ。ある程度は調べてる。』

 「データのやり取りもしたいから、スカイプに入れるか?」

 『了解、パソコン立ち上げて入るね』

 2~3分ほどして、スカイプに表示されている山下のアイコンがオンラインに変化した。小野寺はすかさず、通話を試みる。接続中のSEがなるとすぐに繋がった。

 『お疲れ。小野寺君』

 「お疲れ。今日収集した情報をまとめてみた。それを基にクラス内の相関図を作成してみたんだが、山下がウェビントで得た情報と照らし合わせて確認してくれ。今データを送る。追加情報もあったら書き加えてデータを送り返してくれ」

 『了解。それにしても、2年になっても同じクラスなのに全く会話しないとか、なんかすごいスリリングというか…クラスの奴らは僕らがこういうことやってるなんて知る由もないんだろうなって思うと脳汁出る』

 「我々が繋がっているということを誰にも知られてはならない。知られていないことはメリットだ。相手側はこちらを予測するのが難しくなる。」

 『そういえばさ、今日の放課後に机替えたの?』

 山下は今日の出来事について質問してきた。声とともにカタカタとタイプの音も聞こえる。小野寺が作成したデータに追記しているのであろう。

 「ああ、替えたよ。それから甘粕先生からクラス編成について色々聞いた」

 『なんて?』

 「1年の頃の件だが、どうやら教師陣の間では甘粕先生による手腕の賜物と持て囃されているみたいで、今年も問題児を擦り付けられたらしい」

 小野寺が笑いながら説明すると山下も笑った。

 『だから、面倒な奴がいるのか。さっきのデータを見るとコードはKだね。甘粕先生も大変だ』

 「いや、苦労するのは俺たちだよ」

 小野寺が鼻で笑うと山下も納得する。

 『確かに。とりあえずデータに色々追記したよ。相関図はまあそんな感じじゃないかな?SNSでのやり取りは活発じゃないけど、相関図通りかなって思う』

 小野寺のパソコンからデータが送信されたSEが鳴る。小野寺が中身を確認すると、対象の様々な情報が追記されていた。

 「ちょっと待ってくれ、家族構成とか出身中学とか自宅住所とか書いてあるぞ…?本当か?」

 小野寺は山下の調査能力に舌を巻いた。

 『簡単だよ、情報リテラシーがガバガバで出身中学とか載せてる人とか大体の住所まで突き止められるよ。といっても最終確認は実際に足で稼がないといけないけど。SNSで上げてる写真からも照合できる場合もあるから、その時は儲けもの』

 「本当に山下のウェビント能力には恐れ入る。申し訳ないが、テクニックを教えてくれないか?ただでとは言わない、こちらも情報収集テクニックを教えるから」

 山下が得意とするインターネット上からの情報収集および分析する方法はウェビントと呼ばれる。ウェブ・インテリジェンスの略であるが、海外ではオープンソース・ウェブ・インテリジェンスと呼ばれたりもする。しかしながら、googleマップやSNSの発達から様々な情報収集や分析が可能となっており、オープンソース(公開情報)だけではなく、イミント(イマージェリィ・インテリジェンス、画像情報収集)やヒューミント(ヒューマン・インテリジェンス、人的情報収集)のようなこともできるようになり、可能性を秘めた情報収集手段である。

 『いいよ。1年の時は助けられたし。今度、小野寺君の家に行かせてよ、教えるから』

 「わかった。そのうち、俺の家で作戦会議も必要になるかもしれないからな。一度来てもらった方がいいかもしれん」

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