第二話 シギント

 4月の始業式、登校する生徒たちは壁に張り出された新しいクラス表を確認し、一喜一憂している中、一人の少年は各クラスの表を見て回っていた。

 (…俺の担任は一年の時と同じ、甘粕先生か…。これ、完全に俺を利用しようとしてるよな。まあ、こちらも色々と便宜を取り計らってもらうか。クラスの構成は…ああ、面倒な奴がいるな。色々調査しなければなるまい)

 などと思案しながら、少年は教室に入り、座席表に従い自分の席に座った。

 「おーい、朝のホームルーム始めるぞー」

 と言いながら、クラス担任の甘粕が入ってきた。教卓の前に来ると、ほらー自分の席につけー、と生徒たちを着席するように促した。

 1日のスケジュールを一通り説明し終えると甘粕は生徒たちに尋ねる。

 「今日の予定はざっとこんなもんだ。何か質問はあるか?」

 先ほどクラス表を見回っていた少年が挙手する。

 「予定についてではないのですが、自分の机がくたびれている様でして、交換したいのですが」

 と言いながら、挙手した少年はくたびれた机を揺らすとガタガタと傾いた。

 「わかった。放課後に替えの机でも見に行くか、小野寺」

 「はい、お願いします」

 「じゃぁ、始業式に行くぞー。校長先生の話長くて退屈かもしれんが、欠伸とかすんなよー。あ、これオフレコな」

 クラス担任の甘粕は、生徒たちを始業式が行われる体育館へ促した。

 始業式、帰りのホームルームが終わり、担任の甘粕と生徒の小野寺は備品室へ机を取りに向かった。

 「先生、俺を意図的にクラスに入れましたね?」

 備品室へ行く途中、小野寺は甘粕に尋ねた。

 「そうだぞ。ばれないようにお前を獲得するのは肝を冷やしたんだぞ?」

 「それよりも、なんかまた問題児がいますよね?何でですか?去年も苦労したのに?」

 小野寺が呆れるように続けて質問した。

 「いやぁ、それがなぁ…先生方は俺が問題児をうまく丸め込んだと思ってるんだよ。だから、新たな問題児も押し付けられたわけ…。好きでやってるんじゃないんだよ」

 甘粕は両掌を天に向け、首を傾げてため息をついた。

 「ああ、教師の中でも擦り付け合いみたいになるんですね」

 小野寺は嘲笑ぎみで言う。

 「問題事を解決するなら、お前が必要だろ?居なかったらとんでもないことになる。俺だけでは正直しんどい。ホント、他の先生方に悟られずにお前を獲得するのにどれだけ苦労したか…」

 力説する甘粕にため息をつきながら小野寺が呆れる。

 「これ、巻き込まれ事故ってことですよね?…わかりました。協力しますので、色々便宜を取り計らっていただきたいのですが」

 小野寺は不敵な笑みを浮かべながら甘粕に提案を持ちかける。

 「内申点を良くしろとか無理だからな!」

 甘粕が腕を組みながらふんぞり返って答えると、小野寺は冷静に続ける。

 「いえ、情報収集をスムースに行いたいときにご協力をして頂くだけで構いません。内申点を寄こせとか求めませんよ。困ったときはお互い様です。私が情報収集しやすいように便宜を取り計らって頂くだけでいいのです」

 小野寺の言葉に甘粕は怪訝な表情をして、

 「なんか怖いな…」

 と、どことなく感じる恐怖を口にした。

 備品室に到着すると比較的きれいな机が沢山残っていた。小野寺は立ち止まり、右手を顎に添えながら何かを考えているようだった。一寸止まっていた小野寺に甘粕は声をかける。

 「どうした?気に入る机が見当たらんか?」

 「いえ、これだけきれいな机が沢山あるのですから、クラスのボロい机を替えませんか?」

 「それもそうだな」

 甘粕が頷くと、小野寺は紙とペンを取り出し名前を書き始めた。

 「机を交換する人のリストです」

 小野寺はリストを書き終えると、その紙を甘粕に渡した。

 「先生はこのリストに記載されている生徒の机を交換してください」

 甘粕がリストに目を通し、生徒名を確認する

 「あれ?これなんかするのか?それにしては、例の問題児は入っていないが?」

 甘粕の問いに、小野寺は優しい笑みを浮かべ答える。

 「先生は、明日の朝に『小野寺の机の他にもボロい机があったから替えておいたぞ』と言ってくださればよいのです。そうすれば、生徒からの受けも良くなりますよ。先生はそれだけをして頂ければよいのです」

 甘粕は小野寺に気圧され、お、おうと返事した。


 (…これで、シギントの手筈は整ったな)

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