第八話 取り押さえ
小野寺は、辻の犯行をしっかりスマートフォンで録画し終えると、すぐさま駆け寄った。
「ちょっといいか?」
小野寺の言葉に辻はビクッとして振り返る。
「なんであんたがここに…?」
辻は狼狽しながらも小野寺がこの本屋に居るのか尋ねた。
「俺が読書好きなのは知ってるだろ?ここの本屋、客も来ないし結構好きなんだよね。本をじっくり選べる」
小野寺が放った言葉には何一つ嘘はない。小野寺は学校の休み時間に読書しかしていないので、読書好きであることは確かである。現在、小野寺と辻がいる閑散とした本屋は、客が少ないことも事実である。客が少ないから本をじっくり選べることも事実である。しかし、小野寺の言い方は、さも自分はこの本屋の常連であるかの言い草である。諜報員はこのような嘘を言わずにミスディレクションを誘うような言い方をする。小野寺はそのテクニックを用いた。
「先に店から出てるから、鞄の中のものを元に戻しておいて、店を出たら少し話そうか」
といって小野寺は本屋から出ていった。辻は、鞄に入れた漫画を元に戻してから、出入り口以外からの脱出経路が無いか考えたが見つからず、しぶしぶ出入り口から出て、小野寺と合流した。
「立ち話もなんだし、近くのファミレス行こうか。奢るよ」
小野寺は、辻を罰するような険しい表情を見せることもなく、朗らかに笑うと辻を連れて近くのファミレスに入った。小野寺の意図が全く理解できず、恐怖を覚えた辻は俯いたままテーブル席に座った。対面に座った小野寺が、メニューを取り出して辻に差し出す。
「好きなの頼んでいいよ。あ、でも4品5品に厳しいかも」
といってからカラカラと笑う小野寺を辻はキッとした鋭い目つきで睨んだ。
「何が目的?」
辻が単刀直入に訊くと、小野寺は微笑む。
「いや、正直言って君の趣味をとやかく言うつもりはないんだ。正義漢ぶって止めろなんていうつもりはない。好きにしたらいい。ただ一つだけ、お願いしたいことがあってね」
小野寺の持ちかけに、辻はふんっ!と鼻をならして
「あんたみたいなのが騒いだって、誰が信じるもんですか」
と強気に出ると、小野寺はおもむろにスマートフォンを取り出し、辻が事に及んでいる一部始終が録画された映像を辻の眼前で見せつけた。辻がスマートフォンを奪おうとすると小野寺はひょいとかわし、懐の中にしまい込んだ。辻はぐぬぬと言わんばかりの表情を見せる。
「…で、何が目的よ…。いっ、いやらしいことでもするつもり!?」
辻が顔を真っ赤にして声を荒げると、小野寺は眉間にしわを寄せ、目を細めて呆れたような態度を示す。
「…いや、いかがわしいゲームとか薄い本じゃあるまいし…。こちらのお願いは非常にシンプルだよ。気になったことがあったら質問するので、その質問に正直に答えてほしいんだ」
「い、いかがわしい質問をして辱めるつもりなんだ!?」
「…しないから」
小野寺は大きなため息をついてから仕切り直す。
「普通の質問だよ。例を示すね。昨日は小島さんからカラオケの誘いがあったけど断ったよね?今日は小島さんと石光さんから、帰りにスタバ行こうって言われたけど、断ったよね?イエスかノーで答えて」
「…イエスだけど。っていうか何でそんなこと知ってるの!?」
自分の行動が筒抜けになっていることに辻は恐怖を覚えた。小野寺はその質問は無視してなだめようとする。
「ね?いかがわしい質問じゃないでしょ?」
「ね?じゃなくて!…どうせ教えてはくれないか。…………例えば、嘘の返答をした場合はどうするの?」
辻は固唾を飲んで恐る恐る小野寺に質問をする。
「そうだな…悪意があった場合は、さっきの動画をネットにでも放流するかな?まぁ見事に前科付くし、就職活動もまともに出来ないだろうし、人生あがったりだろうね」
辻は顔を赤くしてプルプル震えながらも質問を続ける。
「悪意があるかどうかなんて分からないじゃない!」
「君が回答した内容とこちらの情報を照らし合わせて精査するから。ミスディレクションを誘うような回答があった場合とか、嘘をついている表情を見せたら悪意があると判断するかも」
「…………。なにそれ意味わかんない」
小野寺に制裁与奪の権利を握られたことを改めて認識した辻は俯いてひっくひくと嗚咽を漏らし始めた。
「だからさ、いかがわしい質問なんてしないから。正直、君の性癖とかスリーサイズとか興味ないし」
「…スリーサイズは、はちじゅ――」
ぼそぼそと回答し始めた辻に焦った小野寺はわーわーと言いながら制止した。辻の嗚咽が収まったところで小野寺が話しかける。
「最初に言ったけど、俺の奢りだから好きなの頼んでいいよ」
「じゃあ、ステーキ200gとライスとサラダのセット」
「よく食べるね」
小野寺の一言に、辻はこめかみに青筋を立てながら言い放つ。
「食わないとやってられないっての!死ね!クソ野郎」
やけ食い宣言と共に罵声を浴びせられた小野寺は
「まぁ、いい死に方はしないだろうなって自覚はしてるよ」
と冷笑した。
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