第6話 クレインの恩返し

 あれから年月は流れ、三年以上経過した。あの頃は、まだ、初々しかった俺も、今年で大学を卒業し、就職をすることになった。


 ああ、これで楽しかった学生生活、バイト生活ともバイバイ、おさらば、ピリオドを打つのである。何とも短いようで長い日々だったのだろうか。


 今、思い返してみても、まだ、入学したばかりの時、クレインと過ごした数か月の生活が懐かしく思い返された。そう言えば、その後、”クレイン”という単語を日本語翻訳してみたら、”鶴”とあった。”トータス”は”亀”である。なるほど、鶴亀さんだったというオチ。その時、俺は思わず苦笑した。


 それにしても、ああ、美しい金髪美女であったクレイン。今、君は、何処で何をしているんだろう。もう一度、会ってみたい。


 と、想像を膨らませながら、夜間の球場でフットサルをしていた時の事だった。突然、左手首に巻き付けてあったミサンガがスルッと滑り落ちていった。


「ああっ!遂にミサンガ切れちまったよ!」


と、俺は名残惜しく、切れたミサンガを拾った。と、次の瞬間だった。


「ヤッホーっ!お待たせ!」


と、背後で女性の甲高い声が聞こえた。俺が振り返ると、あのクレインが金髪を振り乱し、手を振りながら近づいてくるのが見えた。


「はぁ?!」


無論、クレインは絵などではなく、正真正銘の三次元の立体になっている。ただ、着ているものが、イオニア式キトンではなく、花嫁衣裳なのが気になるのだが。


「な、何で、クレインが、こんなところにいるんだよ!」


俺が驚愕のあまり硬直していると、


「なんでって、何やねん!だって、今、アンタ、ウチの事、考えとったろう?」


「いや、それは、そうだけど・・。どうして、絵のクレインが、ここにいるんだって聞いてるんだよ!」


「それは簡単や。ウチ、ダーリンと離婚しましてん」


「はぁ?!なんだって!」


クレインはクネクネと体をくねらせ、俺の腕に細く白い腕を絡ませながら


「せやからなぁ、拓真!ウチ、アンタに恩返しも、せなアカンやろ?だから、貰ろうて!ウチを貰ろうて!」


と、勢いよく、迫ってきたのだ。


「えっー!ちょっと待って!そんなの急に言われても困るよ!まだ、心の準備が!」


「何をゴチャゴチャ言うてんの!ウチとアンタの仲やないの、貰うて!貰うて!」


「わっー!誰か、止めてくれっー!」


 俺はクレインの腕を振りほどき、一目散に逃げる。だが、クレインは全力疾走で追いかけてくるではないか。


 ああ、果てしない欲望の旅が今、始まったのかもしれない。


                 (了)

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クレインの恩返し 伊藤 光星 @genroh_X

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