第二話「チューリングテスト」
「はじめまして。お会いできて光栄です、ホーエンハイム教授。医療魔学部のエドワード・アレクサンダー・クロウリーです」
「ようこそ、エドワード。コーヒーでいいかね?」
初めて会ったテオフラストゥス・フォン・ホーエンハイム教授は、気さくな笑顔でぼくを迎え、少し酸化して煮詰まったコーヒーの入ったビーカーをテーブルに2つ置いた。
フリッツはもうすでに退出している。
この「パラケルスス」と言うペンネームが有名な錬金学者をぼくの親友は苦手としているらしかった。
ぼくはビーカーに口をつけ、その苦い液体を少し飲み込んだ。
「ふむ、きみはだいぶ優秀のようだね」
教授はビーカーに口をつけ、ぼくの成績調査票をぱらぱらとめくる。
書類をぽんと机に放り投げた彼に向かって、ぼくは背筋を伸ばした。
「はい。身寄りのない私は国からの奨学金で学ばせていただいている身ですので、最低限優秀であることは求められていると理解しています」
記憶はないのだが、ぼくは事故で両親を亡くし、同じ事故で体が欠損するほどの大怪我も負っている。
そんなぼくが手厚い治療を受け、こうして国の最高学府である魔法学院で学び、衣食住の心配をせずにいられるのは、すべて奨学金制度、つまり国家予算のおかげだ。
将来国のためにその知識を役立たせることができる立派な人間になるために、勉学に励むことはぼくの義務と言えた。
もちろん、それだけではない純粋な知的好奇心も多々ある。
尽きることなく心の底から湧きあがる学術的興味は、勉学に励まなければならないという状況ととても親和性がよく、おかげでぼくの成績は常に最高ランクの評価を受けていた。
自分自身を優秀だと言い切ったぼくを面白そうに見て、ホーエンハイム教授はまずいコーヒーをすする。
ビーカーを手に持ったまま、机の奥から一枚の書類を取り出し、ぼくの前に置いた。
「よろしい、エドワード。合格だ。この書類にサインして」
通り一遍のことが書いてある契約書に目を通し、ぼくはその報酬の高さに改めて驚く。
署名を入れようと胸ポケットからペンを取り出し、そこで僕の動きは止まった。
「質問をしてもよろしいですか? ホーエンハイム教授」
「なんだね? 疑問点はテストに入る前にすべて解決しておきたまえ」
契約書の仕事の内容について、もう一度最初から読み直し、ぼくは疑問を口にした。
「この報酬に見合う『テスト』と言うのはどのようなものなのでしょうか? たとえば時間的拘束や、身体的な危険などはありますでしょうか? そして……守秘義務について、詳しくお伺いしたいのですが」
「ふむ。至極まっとうな質問だ。時間はそこに書いてある通り、1日1時間程度であれば、きみの都合に合わせてくれてよい。テストの期間は5日間だね。それから、きみの安全については保証しよう。そもそも危険があるようなテストではないのだ」
ぼくは安心し、それと同時に警戒を強めた。
これはあまりにも都合がよすぎる。
一般的な務め人の倍以上。時間単価で言えば20倍ほどの報酬の額に、説明された内容はふさわしいとは思えなかった。
「それで、テストの内容についてだが……きみはチューリングテストというのを知っているかね?」
「……人工知能が本当に知性を持つかどうかを判定するためのテストだと認識しています」
「そう、さすが優秀だ。そのチューリングテストの被験者として、きみにはそれが実際に知能を持っているかどうかを判断するために協力をしてほしいのだ」
教授の瞳が熱を帯びる。
錬金学、人工知能。この二つの単語を結びつける存在と言えば、それは一つしかない。
「つまり……教授は本当の知性を持つ人工知能を作り上げたのですね?」
「その通りだ。私は錬金学上の三大到達点である『金の錬成』『不老不死』『人間の錬成』のうちの一つを成し遂げた。それはつまり――」
「――
「然り。私が錬成した『人間』が、本当の意味で知性を持つ『人間』であるか、ただの『
「私が、ですか?」
「そうだ。だからこそこのテストの試験者には優秀さが求められる。そして冷静に――自分自身をも――冷静に観察し、判断できる能力もだ。このテストで、きみも歴史にその名が残るだろう。パラケルススの名とともに、共同研究者として、ね」
「……だからこその、守秘義務……ですか」
「その通り。おっと……いけないな、まだ契約書にサインもされていないのに、私は秘密をしゃべってしまった」
「大丈夫です。私がよそでこの秘密を漏らしたとしても、普通の人ならオカルトの類として相手にしないでしょう」
「そうかもしれない、だが、そうでないかもしれない。私が論文とともにすべてを発表するまで、きみは一切このことを……私以外の人間に話してはならない。いいね?」
ぼくは書類へと視線を落とし、ほんの少し逡巡したのちにペンを走らせた。
知的好奇心がぼくの腕を動かす。こんなに面白そうなことから、ぼくは逃げることはできない。
インクの上に砂を落とし、書類を教授へ向けると、ぼくは右手を差し出した。
「このような実験に立ち会えて光栄です、教授」
教授は満足げに頷き、ぼくの手をしっかりと握り返した。
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