ホムンクルスの恋人

寝る犬

第一話「高額なアルバイト」

 気が付くと、ぼくは家族と記憶を失っていた。


 最初の記憶は、国立治癒院こくりつちゆいん施術室せじゅつしつ

 白い天井。

 まぶしく輝く無影灯むえいとう

 白衣を身にまとった幾人もの回復術師ヒーラーが呪文を唱え、ぼくの失われた肉体がジグジグと音を立てて再生している。


「気が付いたか! きみ! 名前は言えるかい?!」


「……クロウリー。……エドワード・クロウリー」


 それだけを答えると、ぼくの意識は、もう一度暗い闇の中へと吸い込まれていった。


  ◇  ◇  ◇


「ようエド! 今日もいつも通り不機嫌そうだな!」


「やあフリッツ。ホーエンハイム教授の講義は終わったの?」


 魔法学院の庭を埋め尽くす、鮮やかな山吹色に染まった銀杏いちょう並木の下、冷たくなり始めた空気を肺いっぱいに吸ったぼくの背中に、無遠慮な友人が飛びついた。

 錬金学専攻の友人は、そのままぼくの肩に腕を回し、笑いながら錬金学棟の方へと歩きはじめる。

 2限目には応用精霊学の講義をとっていたぼくは、彼の腕から頭を引き抜いた。


「ごめんフリッツ、ぼくはこれから応用精霊学の講義があるんだ。今日はちょっと付き合えないよ」


「おや? いいのかなエド。高額アルバイトの話を持ってきた親友に対して、そんな態度をとっても」


 彼はノートの間に挟まっていた紙をひらひらと揺らして見せ、立ち去りかけていたぼくは、その場できれいに回れ右をした。

 衣服や食事にそんなに興味を持たないぼくでも、冬が迫れば暖かい衣服は必要になる。

 それよりなにより、ぼくの尽きることの無い学術的興味は、バカみたいに高価な学術書を無尽蔵に求めた。


 単位はもうほとんど修めている。

 応用精霊学の講義だって、半分は復習のために受けているようなものだ。

 ぼくの手の届かないところまで紙を持ち上げて、笑いながらぼくを見下ろす友人に、ぼくは簡単に屈することになった。

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