26話 影の裏

「もう体調はいいのか?」


「うん。魔力もいい感じだし、もう大丈夫」


「危なくなったら言えよな。全力で助けてやるから」


「セーハこそ気を付けてね」


「ああ、精々しぶとく生きるさ」


 今日は珍しく、リビングの椅子が足りなくなっていた。

 私とコサメは悩んだ末、数少ない友人に助けを求めることにした。

 その結果、リビングには私とコサメ、セーハ、ライラ、ペローナの五人が卓を囲んでいる。

 目的は当然、カバネとの戦いに備えるためだ。


「ペローナ、本当にごめんね。お店があったのに」


「気にしないでください。お役に立てるなら、これくらい何でもないですよ」


「ライラも、よろしくね」


「いつものことだ。お互い様だろう」


 ライラとペローナは私たちの頼みを二つ返事で承諾してくれた。ライラ曰く「断る理由がない」とのことだったが、誰かに頼むことが普通ではない私にとって、その言葉はあまりにありがたく特別なものだった。


「じゃあ、始めようか」


 コサメがあたりを見回す。

 にわかに空気が張り詰め、薪の燃える音が大きく響く。皆、普段は見せることのない戦う顔になっていた。


「まず、今日の流れをセーハから説明して」


「作戦の開始時間は今日の午後5時頃。指定の場所にカバネが現れた時点で作戦を開始する。作戦目的はカバネの鎮圧。これを完遂したら作戦終了とする」


「で、作戦概要なんだが、それを話す前にこれまでの一連の事件について考えてもらいたい」


 セーハはリベルの街が描かれた地図を広げると、二つバツ印を付けた。

 一つ目のバツ印はリベルの東側に当たる山間部、二つ目は私たちがカバネと遭遇したあの館に付けられていた。


「この二つはリベル侵入後にカバネが事件を起こした場所だ。この二つの共通点で思い当たるところは?」


「殺傷事件か」


「ああ、そうだな。他には?」


「どちらも街から外れている、とか?」


「それも当たってる。じゃあ、動機の面では?」


 ぴたり、と言葉が出なくなる。

 カバネの動機。

 それは見えそうで見えないものだった。

 カバネは一言でいえば狂人だ。到底分かり合えるような人間ではない。

 私はあまりに人の道から外れたカバネの思考など、初めから考えようとしていなかったのかもしれない。どうせ理解できない、考えるだけ無駄だ、と言って。


「私は快楽殺人犯だと思っていたんだが」


「なるほど」


「あくまで任務を遂行してきただけ、って可能性もあるね」


「確かに、それもあり得る」


 快楽殺人犯、命令に忠実な殺し屋、そのどれもがもっともらしく思える。

 ただ、そうだとするならば、カバネはどうして人を殺すという道を選んだのだろう。


「あの」


「どうぞ、ペローナ」


「私は、はっきりと言えないんですけど、その人はするべきだと思って殺し屋をしているんだと思います」


「ほう」


 するべきだと思って人を殺す。

 それは不思議とカバネに合っていた。

 人を殺している以上、そこに意思が介在しているのは間違いない。しかし、ペローナが言っているのはおそらく、信念のようなもののような気がする。

 いや、信念なんかあるのだろうか。

 しかし、ただの快楽殺人犯と切り捨てるには、カバネはあまりに繊細な人間のようにも思えた。


「一応聞いてはみたが、俺にもカバネの真意は分からない。だが、リベルの二件に限らずカバネが関わった現場のほとんどにはある共通点がある。子どもだ」


「子ども?」


「カバネが殺人を行った現場からは、子どもが救出されている。それもむごい仕打ちを受けたような子どもばかりだ」


「えっ」


 思わず耳を疑う。

 もしそれが本当なのだとしたら、今までの事件の見方が全く変わってしまう。


「リベルで起きた一件目の事件。ここでは農園の地主が殺されていた。この地主の屋敷からは奴隷として扱われていた子ども4人が見つかっている」


「二件目の事件では、コサメを助けた後に屋敷を探したらやはり子どもが見つかった。あのひったくり犯の子どもだ。男の子と女の子の二人兄妹だったんだが、二人とも身体中に酷い痣があった」


「そんな」


 あの屋敷でそんなことが起きていたなんて。

 私はひったくり犯とはいえ、あの夫婦を目の前で見殺しにしたことを後悔していた。

 死なせる必要はなかった、救えたかもしれなかった、私が弱いせいで、と。

 後悔も憤りも迷いもすべてが混ざり合って、どう受け止めたらいいのかが分からない。


「そこで、カバネの目的は子どもを救うことにあるんじゃないかと考えるわけだ。俺はな」


「それが作戦に関係してくるわけか」


「その通り。カバネを捕まえるにはカバネをおびき出さないといけない。そこで、俺は噂を流した。『週末の五時ごろに第七住宅地区に行くと、子どもを狙った変態が出るから気をつけろ』ってな」


「それを聴いて現れたカバネを捕まえる、というわけですか」


「大まかに言うとそんなところだ。噂は警察にも流したから、カバネの耳には間違いなく入っているだろう。あとは現れるのを待つだけってところだ」


 密室での虐待を突き止めたカバネのことだ、噂を知らないということはないだろう。

 問題はカバネが現れるかどうかだが、私は直感的に来ると思った。

 人を殺すほどの強い思い。それを持っている人間が来ないはずがない。その目で確認しないわけがない。


「具体的な戦略については私から話してもいいだろうか」


「どうぞ」


 ライラは早速ペンを持つと、地図に矢印を書き入れていった。

 矢印は住宅地から伸び、山の方へと進んでいく。矢印の先には何の説明書きもない比較的大きな建物が描かれていた。


「カバネが現れたら、住宅地からここに追い込む。ここは空き家になっている工房で、それなりの広さがある。ここまで追い込めば近隣住民を心配することなく魔法が使えるだろう」


「全員で追い込むのか?」


「いや、追い込むのは私とセーハが中心になって行う。まずペローナにカバネを見つけてもらい、それから二人で攻める形だ」


「ヒソラとコサメは?」


「コサメは私たちの後方援護、ヒソラは工房で待機だ。ヒソラには追い込んだカバネの無力化をやってもらう。それで良いんだよな、ヒソラ?」


「ああ」


 この作戦はライラやコサメと話し合ってできたものだ。

 カバネを追いこむのも、工房という密室に誘導するのも、すべては私が死神の力を確実に使うためだ。

 前回、不発に終わった時のことを考えても、死神の力はすぐに効果が出るような能力ではない。とするならば、効果が出るまでの間カバネが逃げないようにしなくてはならない。

 そこで一度工房に誘い込んだうえで、更に氷でカバネの動きを制限することにした。


「危険なのは分かってる。でも、カバネは私の手で救いたいんだ」


「そうだな。そうすべきだ」


 何もかも、ここにいる人たちなしでは完成しない。

 私が自分のこの思いにケリをつけられるのも、皆が分かった上で支えてくれるからだ。

 約束の時間が刻一刻と迫る。

 なぜだろう。静まり返った胸の内で、母の姿が浮かんだ。

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