16話 願いと呪い
「そういうわけで、世界に絶望したアレムさんは家に閉じこもり、閉じこもりすぎたせいで精神が家と一体化してしまったってわけだよ」
コサメは伸びゆく階段を尻目にアレムクルスの過去を語り終えた。
一頻り語ったコサメは伸びをしている。中々に長い話だったが、お陰でアレムクルスの人柄を知ることができた。
コサメから魔法使いの話を聴く度、霧払いの背負うものの重さをつくづく感じる。
この人たちは人の業と向き合い続けている。
罪から人を救い出すために。
だが、救いの手を差し伸べる彼女らは誰に救われるんだろうか。
鏡の男は「君は人を救うことができる」と言った。
私には何も出来はしないように思えてならない。それほどに私は無力でちっぽけな存在だ。
「最後にアレムクルスを見たのは?」
「三年前の夏」
「元気だった?」
「死にそうなほど暑いのに毛布にくるまってココアを飲んでた」
「実は死んでたってことは?」
「それはない。今も屋敷が動いているってことはアレムさんの魔力が流れている証拠。それにアレムさんが死んでいたら精神も失われているわけだから、階段は伸びないはず」
「ふむ」
改めて階段を眺めると、今度は少しずつ捻りが加えられはじめていた。段々とねじれていく階段はどうあがいても上るのは不可能だろう。下手に上っていたら今頃どうなっているか分からない。
「じゃあ、肝心のアレムクルスに会う方法は?」
「まあ、なくはないけど」
「やけに歯切れが悪いな」
「あんまりやりたくないから」
コサメはうんざりした表情で立ち上がると、天へと続く階段を見上げた。じっ、と眠そうな目はやる気なく階段の先を睨みつける。
「どこかにつかまってて」
私はコサメの言う通りに階段の手すりにつかまった。
コサメはそれを確認すると、すっと息を吸った。
「アレムクルス・ラヴラウド! ニクロムの妖精が出たぞ!」
コサメの声が屋敷全体にこだまする。
響き渡る声は天高く反響し、遠くへと消えていった。
「ヒソラ! 来るよ!」
コサメは素早くその場から飛び退くと、階段の手すりにしがみついた。
私は何のことか分からずにいたが、その答えは数秒も経たないうちに訪れた。
カラン。
上空から軽い音が聴こえてくる。
カラン、カラン。
しばらくすると、はるか上空から一本の木の棒が階段を転がり落ちてきた。
カラン、カラン、カラン、カラン。
その音が無数に聴こえ始めたのは、その棒が階段の手すりのものだと気が付いたのとほぼ同時だった。
「ヒソラ、絶対に離しちゃだめだからね!」
カランカランカランカランカラン、カランカランカラン。カランカランカタンカランカランカランタンカランカランカラカラカラタンカラカラカラカカタラカラカラカラカタンタンカラカラカラカンカンカンカンカンカタカンカンカタンカン……
音の洪水が上空から降り注ぐ。
棒の一本一本が階段を、壁を、手すりを殴りつけながら階段を転がり落ちてくる。
棒が棒にぶつかり、それによって棒がまた別の棒にぶつかる。そうして棒は超高速で変拍子を刻みながら私たちの下へ襲い掛かる。
「手すりに登って!」
間近に迫った棒の波を見て、コサメはひょいと手すりに飛び乗った。このままでは命までは奪われないにしても、物凄く痛い目にあう。棒という棒が私を殴りつけ、私は理不尽にもただただ痛い思いをする羽目になる。なんとか棒から逃れたい一心で、私はコサメと同じように手すりに登った。
カラカラカラカラカランカランカラカラカタカタカラカラカンカンカンカランカランカタンカンカランカタカランカンカン……
私は必死に手すりにしがみつきながら、階下をふり返った。
だが、なんと恐ろしいことだろう。私のしがみついている手すりは後ろには続いておらず、私の下はどんよりとした闇が広がっているだけだった。
「コサメ! 下が、下の階段がなくなってる!」
私の声を聴いたコサメは下をふり返り、目を見開いた。上は棒雪崩、下は闇。もはや逃げ場は完全に失われていた。
「絶対、落ちちゃだめだよ!」
私は滑りそうになる手で必死に手すりを掴んだ。下手に下の光景を見たせいで手汗が止まらない。このまま手を滑らせれば奈落へと一直線だ。
階段を転げ落ちてくる棒の波は突き当りの壁にぶつかり、棒の山を築いていく。積み重なった棒を棒が飲み込み、あっという間に巨大な棒の山が形作られた。
踊り場に収まらなくなった棒は、私の後ろで目を光らせている奈落へと吸い込まれていく。一体、あの落ちた棒はどこへ行くのだろう。考えただけで恐ろしく、私は一層強い力で手すりにしがみついた。
私の脇には棒の山が壁のごとく積み重なっている。時折、棒が私の身体に突き刺さって苦しいが何とか持ちこたえられそうだ。この屋敷がアレムクルスの精神と同化しているというのなら、いつかはこの邪魔な棒やぽっかりと空いた穴もなくなるはずだ。私は何とかその時まで待てば無事、この屋敷を脱出することができる。
ピキ。
私の手元で軽快な音が鳴り響いた。
なんだろう。そう嫌な予感とともに私は手すりを覗き込もうとした。
ぐらり。覗き込もうとした私の身体が右に揺れる。私は思わずさらに先の手すりを掴もうとしたが、すでに手遅れであった。大きく倒れた私の身体は手すりもろとも棒の山に倒され、奈落へと落ちていった。
「ヒソラ!」
落ちていく私の名をコサメが叫ぶ。
しかし、その声もむなしく私は深い闇に呑まれた。
一筋の光さえも届かない、深い闇に。
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