4話 青の光
「コサメ、もうクッキーも食べたし浄化してくれよ」
「うん。じゃあ、部屋に行こうか」
さっきからキエナが言う『浄化』とは何なのだろう。何かの魔法なのだろうか。
「ヒソラも来て。見ておいてもらいたいから」
私はコサメに誘われるがまま、付いていくことにした。コサメは家の奥へと続く廊下に出ると、すぐ左側にある部屋に入った。
「ここは魔具の部屋。危ない物もあるから、勝手に入らないようにね」
部屋は三方を棚で囲まれ、そこにはびっしりと怪しげな道具が並んでいる。見たことのない生き物が入った瓶や月の形をしたペンダントなど、いかにも魔法使いらしい物ばかりだ。
「浄化に使うのはこれとこれ」
コサメは青白く光るペンダントと指輪を私に見せた。ペンダントも指輪も同じ色の石が嵌めてある。
「これはアルニタって石で、魔力を込めるとお互いに反応するの」
コサメは魔具を持って部屋を出ると、廊下を奥へと進み始めた。
「今からやるのは浄化って魔法で、ちょっと特殊な魔法なの」
「それをキエナにするのかい?」
「うん。キエナに付いた霧を取り除かないといけないから」
霧、とは何かの比喩なのだろうか。私は目の前を歩くキエナに目を凝らすが、何かが付いているようには見えない。
キエナが部屋に入り、それに続いて私とコサメも部屋に入る。
部屋には衣装棚とベッドと一人掛けのソファ、そして壁一面に本が並んでいる。
キエナはどこか浮かない表情で私たちの方を振り向いた。
「コサメ、今はどんな感じ?」
「見てみようか。座って」
キエナがベッドに腰を下ろす。コサメは腕ほどの長さの杖を取り出し、キエナの方に構えた。
「いくよ」
キエナはコサメの杖先を見ながらこくりと頷く。
コサメが杖に力を込める。
すると、たちまち杖先に光の球が現れた。
豆粒ほどの光の球は大きくなっていき、人の頭ほどの大きさまで膨張した。
コサメが勢いよく杖を振る。光の球は杖の動きに合わせてキエナへと放たれた。
光の球はキエナに当たると、ガラス玉のように割れて破片が飛び散った。飛び散った破片は輝きながら砂塵のようにキエナの周りを漂った。
キエナを覆った光が消えていく。漂う光の粒は段々と光を失ってくすんでいった。
「まあ、こんなもんかな」
くすんだ粒はキエナの周りを漂い続けている。どうやら光は失われてしまったようだ。
「これが霧だよ。光を当てると分かるんだ」
周りは何も変わったところはない。キエナの周りだけが暗い霧が立ち込めたようになっていた。
「霧って?」
「一言で言うと罪の原因、ってとこかな」
コサメは杖をしまうと、キエナの方へ歩いて行った。
「キエナ、よく頑張ったね。もうかなり薄くなってきているよ」
「ありがとう。コサメのお陰だ」
私には、そのコサメの声色もキエナの繊細な表情も意外なものに映った。
コサメはペンダントをキエナの首にかける。アルニタの石はキエナの胸元で青白く輝いた。
「じゃあ、準備は良い?」
コサメがキエナの顔を覗き込む。キエナは頷くと、後ろで束ねていた髪を下した。
キエナはベッドに横たわると、小さく息を吐いた。
「もう、そんなに苦しくはない筈だから」
「ああ、そうだね」
コサメはキエナの手を握ると、祈るように両手で包み込んだ。
「おやすみ」
コサメの指輪が青く光を放つ。それに反応して、キエナのペンダントも光を放った。二つの光は大きくて穏やかな光となって二人を包み込む。
光に包まれたキエナは全身の力が抜け、眠りに落ちた。それを見たコサメは手を解き、キエナの手をベッドに乗せた。
青白い光は次第に弱まっていき、キエナが纏っていた霧と共に消えていった。
「普通、罪を犯したら本人に原因があるって考えるでしょ。でも、私たちはちょっと違っていてね。霧が原因だって考えてる」
コサメがキエナに毛布を被せる。キエナは脱力しきった表情で眠っている。
「だから私たち魔法使いはこうして霧を浄化している。人が罪を起こさないように」
「キエナは何かしたのか?」
「キエナは元々盗賊だったんだよ。それを私が捕まえて、今はこうして霧を浄化しながら一緒に暮らしている」
コサメはキエナの顔色の観察しているようだ。心配そうにベッドの傍に座っている。
しばらくすると、キエナの表情に変化が現れた。
穏やかに息をしていたキエナは、次第に苦しそうな表情になっていく。眉間に力が入り、時折辛そうな息が漏れる。
「浄化された人はね、夢を見るんだよ。キエナはきっと、寂しい夢を見てる」
コサメは再びキエナの手を取ると、両手で温めるように握った。
「大丈夫だよ、キエナ」
キエナは幼い子供のように寂しさに震えていた。一切隠されずに目の前で露わになった孤独から、私は時折目を逸らさずにはいられなかった。
「助けて」
「うん、大丈夫。助けてあげる」
コサメがぎゅっと手を握ると、キエナの顔から苦悶の表情が消えていった。
キエナの目から涙が溢れ、一筋の雫が横髪を濡らした。
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