第3話 混沌

 不気味だ。


 人の半身を潰せるほどの大きな前足が四本、牛とも馬とも言える太い肉質の後ろ足に途中で折れている背から生えた黒く汚れた翼、手入れの行き届いていない白黒の混ざる毛。その毛で隠れている顔から覗く眼は無く時々見せる口の中には舌もない。


 良し悪し関係なく積み上げられた雑多の山に寝そべり何をするでもなく。物静かに見つめあっていた。


 広い部屋に長く続く沈黙、時を切り離したように僕は息を潜める。一呼吸の音を出したら最後襲いかかられると思い恐怖する。


「……」


 化物が気だるそうに口を動かして語りかける音の無い声。


 そして反応を見る化物、僕はただただ立ち尽くす。


 逃げようにも後ろの大扉は一人では……いや人間では開けられない。戦うにも手元には武器はないしあったとしても扱うことが出来ない。では命乞いか?威圧も敵対もされていないのに命乞いするとはあまりにも失礼で逆に殺されてしまうかもしれない……


 なにも出来ない。表情も凝り固まり僕は動けなくなっていた。


「我らが狂祖きょうそ。彼の者が驚いてるのだが?」


 目線が下におりる。


 山の下には器用に座り下から化物に声をかけた子供がいた。


 化け物と同じ毛質をもつ大型犬ほどの毛皮を着る子供。犬の頭部の毛皮で頭上半分以上が隠れ口元の両頬がつり上がり毛皮で身体を包んでいるものの残り端が地につき右手にはタイトルがない黒い本が握られている。


「……」


「それでよいのですか? 我らが狂祖。本当によいのですね」


 子供は僕を見る。


「彼の者よ。我らの名を教えよう。我らは混沌、全で一成るモノ。善悪に属さず矛盾を好むモノである」

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