File6 Unhappy Halloween

「こんな所来るもんじゃなかった」

 自分にしか聞こえない声で呟いた。

「サトくん、どうしよう……」

「僕に任せとけ」


 ゆっくりと握っているグリップにもう一度、力を込めた。

 嫌な汗、そして口の中の少ない唾を飲み込んだ……。

 どくどく、と心臓の悲鳴が聞こえてきた。


 悟は軽く笑った。笑うしかなかった。



 こんな危機的状況になる数分前、僕たちはようやくハロウィン会場に着いた。

 周りは仮装している人コスプレイヤー達でいっぱいだった。懸念していたマフィアも見分けがつかない、これでは……いや、そんなことを考えるのはやめよう。僕には銃がある。有事の時は……無いか。

「もうどうしたの?そんな難しい顔して、楽しも!」

 紅音は、にっこりと笑顔をこっちに向けてきた。

「あぁ、そうだな」

 ぽん、と手を頭の上に乗せた。

「もう、やめてよ。みんなの前だよ。早く、くじ引きしに行こ」

 頬を紅く染めながら悟の手を握り、くじ引き会場に向かった。

「もう行くのかい?ほら屋台とかあるけど?」

「うん、いいよ。早くしないと景品が無くなっちゃうから。よし当てるぞ」

「オーライ、気合入れて行こ!」


「おっ!紅音ちゃん、いらっしゃい」

「八百屋のおじさん、こんにちは」

「きょうはおめかしして、彼氏と一緒かいな!いいな!」

「ふふっ、いいでしょ」

 紅音は見せつける様に悟と腕を組んだ。

「悟くんも久しぶりだな」

「お久しぶりです」

 軽くお辞儀した。

「おじさん、これ」

 紅音は、福引券を八百屋に渡した。

「よし、十枚あるからな十回と仮装してるから一人一回ずつ回してくれな」

「じゃあ私とサトくん半分づつね。私が先引くよ」

 やる気満々で福引きに挑んだ。

「是非とも当ててくれよ」

 八百屋がニコニコしながら当て鐘を握っていた。

 ガラガラ

 ゆっくりと観覧車のようなものを回した。

 白

「おっ!これは……」

 紅音が期待を込めて八百屋に聞いた

「あぁ、これは、参加賞のポケットテッシュだ」

 まぁだいたい分かっていても少しがっかりする。

 紅音は負けじと福引きを回した。

 白

 白

 白

 白

「おぉ、まじか、紅音って結構運悪かったか?最後だぞ。紅音、大事に引けよ」

 心なしか紅音が小さくなってるような……

「わ、分かってるよ!絶対当てる!」

 元の大きさになった。

 ガラガラ

 緑

「おじさん!これは?」

 紅音は必死に聞いた。

「おめでとう!5等だ。商品は箱テッシュだ」

 当て鐘を鳴らしながら、後ろから5個、袋に入った箱テッシュを持ってきた。

「もうテッシュは要らないよぉ」

「ははっ、テッシュ祭りだな」

 思わず笑ってしまった。

「笑い事じゃないよ。次サトくんの番だよ!」

「おうよ」

 話は始めに戻る。

 意気揚々と福引きを回した。

 白

 白

 白

 白

 白

 結局六回中五回は参加賞だった。

「こんな所来るもんじゃなかった……」

 自分にしか聞こえない声で呟いた。

「サトくん、どうしよう……」

「僕に任せとけ」


 ゆっくりと握っているグリップにもう一度、力を込めた。

 嫌な汗が額を流れ、口の中の少ない唾を飲み込んだ……。

 どくどく、と心臓の悲鳴が聞こえてきた。


「サトくん、大丈夫?」

 紅音が心配そうな声音で聞いてきた。

「ふっ、あんまり大丈夫な状況ではないな」

 悟は軽く笑った。笑うしかなかった。

「おじさん、悪いが、このくじには本当に入っているのかい?」

 気を紛らわせるために聞いてみた。

「野暮なことは言っちゃいけないぜ、しっかりと入れてるぞ」

 眉をぴくっと動かして八百屋が言い返した。

「すまんな、おじさん」

 悟はそう言いながら最後のくじを回した。

「おねがい当たって!」

 紅音は両手をぎゅっと握り、願った。

 二人は目を瞑り数秒、結果を待った。

 しかし八百屋の当て鐘は鳴らずに沈黙が二人を包んだ。

 悟は落胆し目を開けた。

「はぁ、やっぱり駄目だったか……っ!」

 声が一瞬出なくなった。

「あ、あ、紅音、見ろ」

 紅音のぎゅっと瞑った目を開けさせた。

「なに?やっぱり外れちゃった?」

「おじさん、これは?」


 金色に輝く小さな玉が、そこには置いてあった。

 カランカラン

「大当たりだよ!大当たり!」

 目を合わせ二人は笑みを溢し思わず抱き着いた。

「で、おじさんこれはなに賞だ?」

「まさか出るとは……」

「おい聞いてるのか?なに賞だ?」

 悟は待ちきれず八百屋を急かした。

「特賞だよ!特賞。イギリス旅行、ペアチケットだよ」

 二人は耳を疑った。

「は、イギリス?!」

 紅音もびっくりしていて、それしか言葉が出ていなかった。

「はい、これチケットね、期限は無いからいつでもいけるぞ」

 そういい八百屋は参加賞のテッシュとチケットを渡した。

「おいおい、髭剃りが欲しかったのにまさかイギリス旅行を当たるとは……」

「すごいね!サトくん」

「自分の運を使い果たしたな。まさかのきょう、やばい事が起こるかもな」

 冗談を交えながら紅音に話し、二人とも笑みを浮かべた。

「よし屋台でなんか食べるか?」

「ぱーっと食べよ!」

 紅音は両手を大きく広げ、笑顔で言った

「別にいいけど、なんか宝くじ当たったみたいな言い方だな」

「そうだね。じゃあ、そこのリンゴ飴がいいな」

「いいよ。いくらだい?」

 紅音の要望を聞き、財布を出した。悟は改めてまわりの屋台を見渡した。焼きそばや綿菓子など、まるで夏祭りのラインナップだった。

 これで金魚すくいがあれば完璧だな……僕は何を求めているんだ?!

「次はたこ焼きがいいかな」

 悟がどうでもいいようなことを考えてると、紅音がリンゴ飴をかじりながら次の食べ物を指さした。

「普通食べる順番が逆な気がするけど」

「いいの!私はこれが食べたかったんだから」

「はいはい、わかったよ。僕が買って来るからそこで待ってて」

「ありがと、サトくんこれ一口上げる」

 通りが人で賑わってきたので紅音をベンチに座らせ待たせることに。

 悟は差し出された、かたい飴をかじり、たこ焼き店に向かった。


 通りと比例するかの様にたこ焼き屋も随分繁盛していた。

「お待たせ注文は?」

「おやじ、たこ焼き2個」

 店員に注文した。

「まいど!」

 お金を渡し、二個パックが袋に入ったものを渡された。

「ありがとう」

 やり取りはもうハロウィンは関係なく、完全に夏祭りのそれだった。

「はい、お待ちど。意外と人がいて、びっくりしたわ」

「そうだね。すごい人、みんな福引きかな?」

「いや、それは無いかな……」

 紅音は、リンゴ飴をかじりながら能天気なことを言っていた。

「たこ焼きも食べなよ。冷めちまうぞ」

「はーい、せっかくサトくんが買ってきてくれたからね」

「何だよそれ」

 そう言いながら二人はあったかい、たこ焼きを頬張った。

 紅音が深刻そうな顔で悟に話しかけた。

「どうしようね、ヨーロッパ旅行……」

「そうだな、おばさん達にプレゼントがいいんじゃないか?」

「やっぱりそれがいいよね。そうしよう」

「決まりだな」

 二人は向かい合ってニコリと笑った。



 悟たちは夏祭り、もといハロウィン大会を満喫していた。

「よし帰ろうか」

「そうだね」

 お腹も満たされ、二人の時間も満たせていた。

 二人は手を繋ぎ帰った。


 街灯の数が少ない暗い夜道、それは起こった。

「きゃー!!」

 どこからか金切り声のような女性の悲鳴が聞こえた。

「え!なに?」

 紅音の困惑の声が漏れていた。それも無理もない、もう少し歩けば自分たちの家だったからだ。この十数年ここらへんでは事件という事件は起きていない。とりあえず家に帰るには前に進むしかなった。

「大丈夫、紅音は僕が守る」

 悟は繋いだ手をもう一度ぎゅっと握り直した。勿論、銃の使用も頭の片隅に考えていた。

 路地を進んだ。突然、人影が前から現れた。

「助けて……」

 そう呟きながらリクルートスーツを着た女性が首元から生暖かい鮮血を流していた。こちらに近づき、悟に寄り掛かった。

「だ、大丈夫ですか」

 もちろん大丈夫ではないが反射的に聞いていた。

「早く逃げて……」

 女性はそれだけを言い、気を失った。

「紅音、救急車を!」

 救急車を頼んだが紅音は足をがたがたと揺らし、腰を抜かしていた。

「紅音!紅音!大丈夫だ僕がついている!」

「はっ、ごめん。き、救急車だよね」

 震える手でスマホを操作していた。

 悟は女性の介抱を始めた。息をしているかの確認や出血場所の確認、そこ止血したりなど。

「サトくん救急車呼べたよ……容体話したら警察も一緒に来てくれるだって」

「ほんとか、紅音ありがと」

 安堵なのか二人は息をついた。

 かた、かた

 何かが近づいてくる音がした。

 街灯の下にそれは来た。

 その『人』らしき物体の口の部分には血らしき朱い液体がべったりと、子供がアイスを食べた後の様に付いていた。

 悟は反射的に自分の持っている銃を向けた。何が起こったのか、悟はもう分かっていた

「止まれ!今すぐに両手を挙げて膝をつけ!」

「おいおい、そんなの向けられたら、びびって動けねじゃねぇかぁ」

 男性のような声色で悟に話しかけた。それに関係なく無言で悟は銃を向け続けた。

「サトくん……」

「紅音!その女性を連れて下がっていてくれ」

 紅音は不安で泣き出しそうになっていた為、安心させるように少し微笑みながら紅音に話かけた。

 だいたい救急車が到着するのに平均八分強、その間をどうにか相手を拘束しなければ……

 悟は考えを張り巡らせていた。

「後ろにいるのは彼女さんかい?」

 男は藪から棒にへらへらと話しかけてきた。

「お前には関係ない!手を挙げろ!」

 そんな与太話に付き合う余裕はなかった。男は、悟の指示を無視し手をポケットに入れていた。

「いいねぇ、その余裕のない感じ」

「黙れ!」

「好きな子を守るために自分を盾にする。うーん名作になるねぇ、小説にしたいぐらいだよ」

 男は徐々に距離を詰めてきた。そして話をつづけた。

「事実は小説より奇なりと言うが、だかしかし、この話がハッピーエンドになるとは限らねぇ」

 銃のスライドを引き薬室チャンバーに弾を入れた。

「それ以上近づくな!弾は入っているんだ、いつでも撃てる!」

 セーフティも外した。もう引き金トリガーを引けば弾は出る。いつでも撃てる。

 警告関係なく、男は近づいてくる。

 悟は銃を構え直した。

 頭か胴か……?奴はなんなんだ?銃をこれっぽっちも恐れてない。イかれてる?それともドラッグ?それなら胴体の数発の弾丸なんて効果はそれ程の可能性が。なら……二人を守る為にも……。

 警告射撃をするべきであろうが、持ってる弾丸は五発、自分の銃の腕では動いてる相手を仕留めるのは、いささか一発では可能性的に低い。それにあいにく住宅街だ。そんな場所はない。

 悟は相手に照準を付けた。弾丸が奴の脳天に届くように。

「大丈夫だ、練習ではしっかり当たったし、ついこの前撃ったばかりだ」

 自分に言い聞かせる様に呟いた。しかしいざとなっては手が震える。

「おいおい大丈夫か?手が震えてるぜ。それじゃあ、当たるものも当たらないぜ」

 ヘラヘラとこっちを煽ってきた。

「黙れ!お前を撃たせるな!言う事を聞け!」

「やなこった。久しぶりにこんな上物がいるんだ。黙って見過ごせるかよ。ははっ」

 何食わぬ顔でこっちに近づいてきた。

 ドクン、ドクン

 心臓がうるさい、これじゃあ命中率に関わる。

 これ以上間合いを詰められるとやばい。

 バンッ!

 閑静な住宅街に一発の爆発音が鳴り響いた。

 男は道路に突っ伏した。

 はぁはぁ

 数秒間忘れていた呼吸を思い出したかの様にし直した。

「もう大丈夫だ」

 紅音の元に行き安心させる様に話かけた。

「さ、サトくん」

「なんだ?もう安心だ警察を待とう」

 紅音は震えながら悟を呼びかけた。

「ち、違う。う、後ろ」

 後ろを指差した。そこには目を疑う光景があった。

「ってぇーな、やっぱり。いやー君いい腕してるね。普通の人間なら死んでたな」

 頭から血を流しながらその男は話していた。

「近づくな!」

 男に警告した。もちろん意味はなかった。

「紅音!逃げろ!」

 腹の奥底から叫び紅音を逃した。

 そしてものすごい速さで近づいてきた。

 バン!バン!バン!バン!

 すぐさま銃を連射した。

 貫通はしてるはずだが突き進んでくる。

 銃のスライドは途中で止まりホールドオープンして弾切れの合図をしていた。

「くそ!」

 その状態の銃に一瞬、注意を奪われてしまった。

「まずい!」

 口を大きく開け鋭くなった犬歯が街灯の光で反射していた。

 もうすでに首元に生暖かい感触が……血だ!

 抜かれる!首元からドクンドクン脈を打っていた。

「サトくん!!」

 紅音が叫びながらこっちに駆け寄りそうになっていた。

「来るな!こっちなら大丈夫だ!隠れてろ」

 ピクっと肩を上げ止まった。

 紅音が止まる様に気力のある限り叫んだ。

 だめだ……目がチカチカする……頭も回らない。ごめん紅音……

「そこまでだ!」

 だれかわからない男の声が聞こえた。警察か?

「やべっ!」

 すぐさま首元から口を離し、ばたりと地面に倒れた。

 その男は明後日の方向に走っていた。

「逃すかよ」

 警官らしか小さく呟いた。

 悟は、ぼやけた目でその男を見て、かすかな声で呟いた。

「警察?」

 服装が普段見る警察ではなく黒いコートを着ていた。

「あぁ、そうだ。だがちょっと違うかな。もう大丈夫だ」

 そう言い、警官?らしき人が、懐から銃を抜き発砲した。

 バン!

 その吸血男は肩の部分に被弾した。

「効かねえよ!っ!?治らねぇ!」

 困惑していた。いつもなら治る傷からドバドバと血が流れ出た。

 バン!

 もう一発、撃ち込んだ、次は足。

「うぎゃー!」

 吸血男は痛みで叫んでいたのではなく、いつもなら治る傷が治らずそのまま。

「ふっ!特別製だ!犠牲者の痛みを味わえ!」

 警官は吸血男に聞こえる様に呟いた。

「逮捕する」

 吸血男は取り押さえられた。

 それと同時に救急車が到着。まず第一被害者の女性が運ばれた。

 悟の救急車も運良くすぐに来てくれた。

 紅音もいっしょに乗っていた。

「サトくん、サトくん」

 気が遠くなり気を失うまでずっと叫び、話しかけた。

 悟の記憶はそこで途切れていた……






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