#13 このために

 森の中を歩いていた。


 木々の中を、草をかき分け、ただ足を動かす。


 べっとりとした汗が肌に張り付き、背後からは枢の荒い息が耳に届く。


 雨上がりでドロドロの土を踏みならして、汚れて、肩で息をして、それでも進んでいって、森の先に微かな光が見えて、


 そして、

 

 風が、通り抜けていった。


 その風は、少ししょっぱい匂いがした。


 その分、心地よくて、今まであった肌に張り付くような汗がすぅっと引いていって、森の中にあった湿度はどこかに行ってしまったようで、


 目の前の、崖の下には、


 ひたすらに青くて、蒼くて、碧い、海が広がっていた。


 それはダイヤモンドが散りばめられたように輝いていて、丹精込めて織ったシルクのように艶やかで、滑らかで、ふとすれば吸い込まれてしまいそうな、そんな海が、今、目の前にあった。


「…………」


 赤聖枢はただ、その光景を目に焼き付けていた。

 何も言葉にしないで、ただゆっくりと崖端に歩いていった。

 僕はそれを見つめていた。

 彼女がいま、何を感じ、何を思い、何を考えているのか、そんなことを想像していた。

 そのまま枢は、ゆっくりと恐る恐る海に手を伸ばしていき、


「これが、私の欲しかったもの……なのね」


 彼女は崖端に立ち、静かにそうつぶやいた。

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