#10 トンネルの向こう
鉄道に乗ると、すぐにトンネルに入る。海側へ向かう列車なんて人はほとんど乗っていない。
きっと鉄道の向かう先の街では、かつて海を臨むことができたのだろう。
けれども今は街の周りには高い塀が建っていて、そこからじゃ海は絶対に見えない。
鉄道がトンネルを抜ける。
「うわぁ……!」
枢は列車の窓に張り付きながら、見たことのない景色に目を輝かせている。
彼女はそのほとんどの時間を赤聖の家で過ごし、そして時々家から逃げ出す。つまりは、彼女の世界はそこで終わっていて、いま見ている景色は枢の知らない世界。
我儘で、高圧的で、人の事なんて何も考えていないようで、彼女はただの16歳の少女だ。
「ねぇ、見て紅音。私の知らない街が、すぐそこにある」
「そうですね、枢」
僕らはそうして列車の終着駅で降りる。
駅は閑散としたもので、駅員も、誰もいない。駅舎も寂れていて、少し風が吹いたくらいで飛んで行ってしまいそうだ。
街もさびれていて、ほとんど人の気配を感じない。家屋はあるけれど、その中に住んでいた人は、今はほかの街に行っているのだろう。
街中を歩いていると、なんだか、世界中の人がいなくなったように感じて、不思議な気持ちになる。
「不思議ね。誰も、いない」
枢は誰もいない街の、道路のど真ん中をスキップしながら歩く。
「そうだね。でも、確かに毒素はたくさんあるみたいだよ」
そんな場所だからだろうか。
いつもは枢には敬語で話していたはずなのに、自然と話していた。
「本当ね。警報灯はこれでもかってくらい、赤いわ」
近くにあった電柱のような警報灯を見つめて、触って、でもそんなこと、今の僕らには関係ない。
「それで、これからどうするの?」
一通りこの街を楽しんだようで、振り返り彼女は僕にそう聞く。
「海へ行くためには、この高い壁を越えなくちゃいけない。きっと、壁の出口があるはずだから、そこまで行く」
街をぐるりと囲むような壁、それには幾分か毒素を吸収する効果があるみたいで、でもそのせいで僕らはその外側を見ることができない。
少し歩くと壁に小さな扉がついていて、その脇の小屋に眠そうな顔をした中年の警備員が暇そうに座っていた。
「随分、ずぼらな警備なのね」
「まぁ、こんなに人口の少ない街で、わざわざその外に行く人なんていないだろうから」
僕らは家の陰に隠れながら、その様子を覗き見る。
そして、外に行くためには、あの人をどうにかしないといけない。
「じゃあ、ちょっと一騒ぎ起こしてくるね」
そして、その方法も実はもう思いついていた。
僕は枢を置いて、いくつかの石ころを持って、道路の真ん中に立つ。
そして誰もいないであろう家の窓に向かって、次々と石ころを思いっきり投げていく。
静寂に包まれた街中に、騒々しいノイズが、ガラスの激しく割れる音が次々と響いていく。
「ははっ!」
それはたぶん、僕の本当の気持ちだった。何もかも、めちゃくちゃにして、壊して、こんなくだらない世界なんて、どうにかなってしまえ。そう思って、滅茶苦茶に石を投げていた。
「こらぁ!! 何をしているかぁ!!」
そんな僕に、怒号が向けられる。
僕は走る。逃げる。
小屋にいただろう警備の人も走る。追いかけてくる。
走りながら、石を投げる。
滅茶苦茶だ。何もかも。
こんなのは夢物語で、現実とはかけ離れていて、とてつもなく、とんでもなく、
「はぁはぁ……楽しくて、面白くて、ここはこんな世界だったんだね」
そうやって警備の人を小屋から引き離して、息切れぎれになって、それで
「お疲れ様、紅音。それじゃ、行くわよ」
それで、そうやって、僕らは、その壁の向こうへと足を踏み入れた。
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