#08 最後の仕事

 家の呼び鈴が久しぶりに鳴った。

 妹は病院にいて、両親はいなく、家を訪ねてくるような友人もいない。

 だから、今時珍しい訪問販売なのかもと疑い、ドアの覗き穴を見て驚いた。

 そこには真っ黒な髪に、綺麗な碧色の瞳を持った少女が映っていた。

 僕は急いで扉を開け、


「どうしたんですか? 僕の家に来るなんて、初めてのことですね、枢」


 そう、目の前の赤聖枢に言葉を発した。


「最後の……、最後の仕事よ、紅音」


 そういいながら、彼女はポンと僕に向かって何かを投げる。

 僕はよろめきながら、それを受け取り、それが何であるかを知る。


「これは……」


「それは、あなたが私に尽くし切って、馬車馬のごとく働いて、ようやく手に入れるはずだった最新鋭デバイス。それがあれば、あなたの妹も普通の暮らしができることでしょう」


「どうして……これを?」


「どうして? おかしなことを聞くものね。私は赤聖枢。それくらいのものを手に入れるのに、何の苦労もしないわ。ただ、あなたはそれと引き換えに、私をこの街から連れ出すの」


 その先の言葉を、僕は知っていた。


 その先で、彼女がどんな言葉を、言うのかを、僕は知っていた。


「そして、誰も見たことのない、海まで連れて行きなさい」


 その言葉は、きっと死刑宣告に近い。どんなに理不尽だとしても受け入れるしかない。受け入れて、彼女を海まで連れていき、なんとしても生きて帰ってこなければいけない。


 それが、僕の果たすべき使命なのだから。


「…………そう、ですね。それでは、行きましょうか」


 自分でも不思議なくらい、すんなりとその言葉が出た。

 僕の言葉を聞いて、彼女は満足げに笑顔を作り、そして、


「ありがとう」


 いままで一度たりとも聞いたことのない、感謝の言葉を耳にした。

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