第二話 大先生☆ミ
俺、吉山良太は今、この広大な草原を〈奴隷輸送用馬車〉にて桃太郎している真っ只中
そろそろケツが痛くなってきた頃であり、また変わり映えのしないその光景に見飽きてきた頃でもあるのだ
ちなみにプレイヤーが何故この〈奴隷輸送用馬車〉に乗っているのかというと、まずこの世界には隕石が多数降ったのだとは前回説明させてもらったが、その際になんらかの作用が発生し、予てよりも大変に強力な魔物がこの世界に現れ始めたのだとか
人類はその未曾有の脅威に対抗すべく、世界各国はお互いに手を取り合い、勇者の素質を持つ青少年達を世界各地から大陸中心国の〈テンリーゼ大聖王国〉へと集めたらしい
その中には正体不明な主人公ことプレイヤーもいて、〈選別〉を進めていく過程で素質が薄いと判断されたプレイヤーは、〈選別〉から弾かれてしまうのだ
で、身元がわからないから〈奴隷輸送用馬車〉行きである。なんとも数奇な運命だろう、彼らには血も涙も無い
ちなみにプロローグは彼の国の王城にある〈選別の間〉から始まるはずであり、なぜそこから転移させられていないのかは幾分不思議ではある
まあ長ったらしいから有り難くはあるのだが、しかしなにも有り難くはないのだ。こんなバグクソゲーなのだからして
……そろそろあれが起きても可笑しくないと、〈TSL〉プレイヤーである俺は察知した
やがてこの〈奴隷輸送用馬車〉後方の遠方にて土埃を巻き上げながら、何かが近付いて来るのが伺える。きっとあいつに違いないのだと……
「おいおいっ!奴が来たゾォッ!」
馬車前方の御者席からしわがれた声が戦慄き、鞭を高鳴らす音が幾度となく、それに合わせて馬もヒヒーン
馬車の速度はみるみる上昇し、その声を始めとして、奴隷の青少年達はその表情を少しばかり不安そうにして檻の外を見やり、それが一様にして驚嘆する
……そう、奴がくるのだっ
――〈アイアンボアタスク〉大先生が、悪夢の〈鉄猪馬車襲撃イベント〉が始まるっ!
土埃がこの馬車へと程なく近付いた頃、大先生のその全貌が僅か見え始める
全身が鉄の鎧で覆われ、また凶悪な面を晒し、口辺にあるそのマンモス張りの巨大な牙も鉄であるかのような鈍く黒い光沢を放っていて、その図体がなによりでかい、軽く10mくらいはある
転移したことにより質感や迫力が増したのか、思わずちびりそうになる俺だ
このままだと、奴隷商のおっさんの「追いつかれルッ!」というあからさまなフラグの一言と共に、げきおこぷんぷん丸な大先生にムロフシもびっくりなくらい突き上げられた馬車や檻は、半壊させられるのだ
これは、〈普通〉だと絶対的な既定路線である事を明記させてもらう
ちなみに、奴隷商のおっさんや奴隷の青少年達は殆どの場合において全員死亡し、なんとか生き延びたプレイヤーは満身創痍ながらもそこから這い出でて戦う、というのが〈鉄猪馬車襲撃イベント〉の攻略法とされていたのだが……
まず、突き上げられた際の高度が高すぎて落下の衝撃でプレイヤーも即死する場合が多い上に、運良く生存しても檻から這い出ている間にすかさず、再び大先生に突き上げられて殺されるのである
この間、死亡確率60%、死の二段構えに他ならない
しかし死亡確率は60%、たまに追撃の手が緩み、大先生と交戦可能となるのだが……
プレイヤーは丸腰な上に、素手である。どうやって戦えというのか?
もちろんのこと、プレイヤー限定ご都合的不思議空間こと〈アイテムボックス〉には何もアイテムが入っていないのだ
ちなみにとある有志の検証から、大先生から〈普通〉に逃亡する事はある例を除いて極めて困難らしい
暗に制作者はここで死ねと言っているわけだな。逆にお前がまず死ぬべきなのだ
尚も、半壊した馬車の中には護身用の武器が全種類置いてあり、それを好きに選んで戦えという事ではあるのだが……
その説明が、一切無い
ちなみに判明した経緯については、まだ発売間もない頃、たまたま生存した奴隷商のおっさんがとあるプレイヤーに対し、馬車にある武器を持って戦え的な事を言ったから、らしい
そこで、あるプレイヤーの唱えたひとつの憶測が掲示板を震撼させたのだ
突き上げられた際に僅か、0.5%程の確率において生存する儚い存在こと奴隷商のおっさんや青少年達は、このプロローグに置ける戦闘チュートリアル的な役割を担っており、本来は〈鉄猪馬車襲撃イベント〉において死亡する予定には全く無いのでは?と
この絶死の檻には〈TSL〉における、所謂ヒロイン☆ミ候補が乗っているので、なんとなく察してしまったプレイヤーも多い
制作者はプレイヤーに有利なバグを治す前に、この問題をなんとかしたほうがいいに違いないだろう
ちなみにそのヒロインとは、あの檻の角でこの世に絶望したかのような雰囲気をあたかも醸し出し目には夥しいクマを、見るもボサボサな長い白髪に、こす汚ねえ幸薄美少女が軽く俯いているが、あの娘である
作中唯一の比較的〈マトモ〉なヒロインキャラなのだが、過去設定が無駄にヘビー過ぎて中々に涙がちょちょぎれてしまう、まあ〈仲間〉に加えておいて損はないので、それはおいおいだ
ともかく初見のプレイヤーは普通に気付かない場合が多いし、というか気付く訳が無い、大概は素手での戦いにもたついている間に何度も死亡するわけだ
制作者はまともにこのゲームをプレイさせる気がないのでは?とはそのプレイヤーの誰しもが思う事で、この段階で〈TSL〉を空へと投げ捨てる者が多いとされる
まったくもってのスターダストなクソゲーだ。いや断ずるにはまだ早いか
さあ、あまりにも不親切過ぎる武器達を手に取りいざ戦いを。大先生へ我らは勝利への笑みを湛え斬りつけるのである
だが、そこは大先生。あまりにも俊敏かつ鬼の様に強い上に、なんとか斬りつけど一向に減らない〈HP〉、ナニカがおかしいのだ
〈超誘導超速クソ突進〉〈大宇宙判定薙ぎ払い〉〈露骨超速蹴り上げ〉〈空中にいても当たる異次元地団駄〉これらは掠っただけでも即死級である、まるでスペランカーな気分になれてしまう
かなり危険がとても危ない、というか遅かれ早かれプレイヤーは高頻度で迫りくる〈空中にいても当たる異次元地団駄〉により確実に死ぬ運命にある
やがてプレイヤーは、〈アイアンボアタスク〉大先生のHPネームバー横の表示を見て、全てを察する
・アイアンボアタスク Lv.150
プレイヤーはLv.10だ、ダメージなんて通る訳がなかったんだ、あまりに理不尽過ぎる即死級ダメージも納得せざるを得ない
大先生は魔物の中でも物理攻撃や物理防御に特化しており、それがまた物理ダメージの通らなさに拍車をかけている
チュートリアルを担うべき魔物にしては理解不能であり、また大変にスターダストなクソゲーであるのは言うまでもない。いや、いやまだ断ずるには早い
大先生は物理防御こそはとても高いが、反面魔法防御が大変低いという、所謂弱点があるそうなのだが……
これも説明は全くない、何せ別個体から判明した事実だ
制作者は、我らプレイヤーをどうしたいのだろう?試行錯誤とはよく言ったものだが、大先生に殺された場合、長ったらしいプロローグを最初からやり直しである
これらがあまりにも苦行すぎて悟りを開いてしまった初期プレイヤー達のことを、俗に"スターダストチルドレン"と呼ぶ
このゲームの圧倒的理不尽を体現せしこの〈アイアンボアタスク〉
生半可な気持ちでこのゲームをプレイするプレイヤーに対し圧倒的恐怖を植え付け、また、プレイヤーを誉れあるスターダストチルドレンへと堕としこむ
そんな彼を、皆、大先生と呼ぶ
ん?ならば〈魔法〉で攻撃しろ、と?…ふむ、確かに一部のプレイヤーはその事実を知り、護身用の武器から杖を取り出し、〈魔法〉を唱えようとするだろう。しかしだ
プレイヤーは初期状態だと、〈魔法〉を全く覚えていないのだから
この〈TSL〉での〈魔法〉の行使はなんらかの魔法用媒体を手に持ち、応じた〈MP〉を消費してこそ可能となり、その〈魔法〉の獲得は一定のレベルに到達した際に、対応した〈魔法のスクロール〉と呼ばれる巻物を読んで消費し、初めて獲得できる
Lv.10で獲得できる〈魔法のスクロール〉には、〈火球のスクロール〉、〈氷球のスクロール〉、〈水球のスクロール〉、〈石球のスクロール〉等々があるが……
馬車に、〈魔法のスクロール〉は何1つ積まれていない
〈魔法〉の使えないその杖は鈍器でしかなく、当クソゲーの攻略サイトにも魔法が弱点である以外には、全く記述がない
それは何故か?その事実に気付いた新参プレイヤーが杖を思わずへし折ろうとするまでが恒例行事とされているからだ
そもそもが馬車に積んである護身用武器は奴隷商のおっさんが使うべき物であり、何故かそこらへんが無駄にリアルで腹が立つプレイヤーも大変に多い
このままでは八方塞りである、どうしようもなく、大先生と延々戯れているしかないのかと、しかし彼らスターダストチルドレンは歓喜の声を上げるのだという
……おっと?俺は、ある1つの事実を失念していたな
大先生には実は物理的な弱点もある、そのプリケツこと小汚ねえお尻だ
その周りだけは鎧を纏っておらず、槍、弓、剣先による刺突など、そこの部位に限り〈刺突属性〉もまた〈物理弱点〉であるくそみそなイノシシなのだが
その四足獣である事を完全否定するかのような、圧倒的旋回速度を持って此方の度肝を抜き、要は、弱点へ攻撃する隙を全く与えない
弱点を、既に克服してしまっていたのだ、凄いぞ大先生
普通に倒すのが無理ゲー、いや、スターダストなのだ
しかし、そこはさすがバグの大宇宙、倒す方法は手段を選ばなければ、庭の転がる小石程度にはある
その最も簡単な1つを、というかそろそろ時間がないので実践しようと思う
まずは前方の馬車よりの格子を手に掴み〈スタック〉と念じる
『オブジェクトです。』
すると、ゲーム同様に頭の中に女性っぽい音声が響いた
簡単に説明すると、このゲームはアイテムを収納する際には手で触れている必要があり、〈アイテムボックス〉に収納できるアイテムかどうかは、その触れた対象の〈存在属性〉が〈可属性〉なのか、〈不属性〉なのかによってあらかじめ決められている
よってこの頭の中の音声は、この対象はしまえない、と言っているわけだな
構わず、成功するかどうか少し緊張しながらも、高速で〈スタック〉と念じ続ける
『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』『オブジェクトです。』……
『対象が存在しません。』
何百回目かでこのような音声が、同時に手元から感触が消失、そこで〈アイテムボックス〉を見てみる、と同時に
〈鉄の棒:格子〉×1
〈アイテムボックス〉が問題無く機能しているのを確認する、ホッと一息だ。そう、何故か収納できてしまう、これは初期から存在するらしいバグなのだが、今だに修正されていない
もはや〈TSL〉における基本的なバグテクニックでもあり、これがないとまともにゲームにならないと言っても過言ではない
現在、この檻のレゾンデートルはまるで満たされておらず、ここの元あった格子1本分に限り普通に脱出が可能となっている訳だ
急いで檻から身を抜け、前方の馬車へ、貨物用の馬車に乗り移り中に入ると、ここはゲーム通りなのを確認
そして壁に立て掛けてある、序盤武器にして最強、〈木の弓〉を取り出し、素早く装備、後々使うので杖の回収も忘れずに、ムカチャッカファイアーこと〈木の矢〉×60を〈アイテムボックス〉へスタックする
以上。準備完了だぁッ!!この豚もどきがぁッ!!スーパーに良く売ってる安い豚肉にしてやるゼェッッッ!!!
尚も檻の天板は鉄の板状であり、そこに馬車外側の突起などを使いよじ登り、超自然的フローラルな流れを一身に受ける
身に付けている〈ボロ衣〉さんが、パタパタとはためいている。ううむ…いい風であるな、しかしこの風、少し泣いているのだ……
戯言も後に馬車後方にてフゴフゴ言いながら疾走を続ける大先生へと近付いてゆく
……やはりな、HPネームバーが無い
その事実からある推測をたてるのだが、まだ判断には早い、か
それに今回にしてもゲームのように上手くいく保証はない、なぜならプレイヤーが運動神経凡人の、恐らく俺本人だからだ
このままでは埒が明かないので、意を決して、檻からかなり際どい位置にいる大先生の背中へと飛び移る、そして成功だ
何故か乗れてしまうのだった
鉄っぽい光沢の甲斐なく、想像していたよりは大分歩きやすい背中。全く気にしたようすのない大先生のオス穴へと近付いてゆく
そして背中側にある〈木の弓〉を正面に持ち、弓を引く姿勢をとると手元に〈木の矢〉が出現している。これもゲーム通りなようだ
オス穴へと照準を斜め下に合わせたまま、立て続けに5発放つ
外れまくって12発も使ったのは内緒だ
「ゴォォォォオオオオッッッ!!」
鼓膜が破れそうなくらいの、内臓に響いてしまった大絶叫を後に檻の天板へと再び飛び移る
ふぅ…1匹のオスをノンケにしてしまったな…我ながら罪な男だぜ、アデュー
そのまま猛ダッシュで御者席側に向かう
御者席には必死な形相の奴隷商のおっさんが手綱を握り、馬が2頭必死にヒヒーンしていて、日本の社会構造の闇を覗いた気分になってしまう
そのまま御者席へと降り立つ
「おはようございまーす!ウマを扱うのが、ウマいですねー!ファーーーッッ!!」
しょうもないオヤジギャグを言いながら、奴隷商のおっさんに挨拶だ
「はあっ!?脱出したのかヨォお前…まあいいや座れ、どうせ皆死ぬんだ」
目を丸くする、ヤケクソ気味な奴隷商のおやっさん
「グモォォォオオオオオオオオッッッ!!」
後方から大先生の断末魔、大音声が鳴り響く
ふう、手に汗握る戦いだったぜ、正に紙一重だったな
〈The Star☆ミ Lowncation〉 @ikamesi
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