〈The Star☆ミ Lowncation〉

@ikamesi

第一話 暗夜流れし流星群達☆ミ


 「キャーッ!!」

 通行人の女性が、天見倒れ伏す此方を見て悲鳴を上げている


 理由は間違いなく、この胸に穿たれたと、その傷から溢れ出す、赤い、素敵なナニカだ


 それに応じてか、頭がとんと、冷静になってゆく


 ……しかし今宵闇夜を照らす星々は…新たな役を観たし、去れど、然り元在る軌跡を残し、いとおかしその身を投げ出して行く……

 嗚呼その先には何も無いけれど…でも確かに地球に夢と可能性、破壊とをもたらすのだ


 ……死の恐怖故、思わず変な詩唱えちまったけど…今夜は流れ星が綺麗だなぁ…流星群、か……

 出来るなら、家の望遠鏡で観たかっけど、もう…叶わない


 「――……が、悪いんだよっ…?…別の女にっ!…うつつなんて…抜かすからっ…!」


 手を朱に染め服を染め、瞳から光が消えて見える、その女は、その身が些か震え

 俺から徐々に距離を、離れて行く


 ……ねえ、どうしてこうなった?


 「えーっ!人殺しっ!?マジマジィッ!?」

 「うわぁ…ひっでぇっ…」

 行き交う人々は此方を見て、様々な反応を示す

 それはやがて人集りとなり、人混みとなり、人垣となり


 この聖なるクリスマスの夜を、確かながら賑わしている


 「大丈夫か君ッッ!?今、救急車を呼んだッ!気を確かにッ!」

 イケメンなサラリーマンさんの必死な声掛け虚しくも、意識が薄れ行く…死ぬのかな、俺……


 あー…立ててしまったんだなぁっ…〈ヤンデレフラグ死の宣告〉……


 「どけて下さいっ!どいて、下さいッ!」

 「イテッ!」

 「お兄ちゃんッ!?千恵だよッ!?しっかりしてッッ!!」

 そんな人混みを掻き分け、こちらに近付いてくる人影がある

 その人物は小柄で、サンタさんのコスプレみたいな格好をして、長い黒髪の美少女然とした…あれ?


 おう、お前はどっからきた妹の千恵よ、今日はバイトのシフト入ってるって話じゃなかったか、なんでいるんだよ…今日クリスマスだよ?


 「しっかりしてッ!お兄ちゃんッ!お兄ちゃんッッ!!」

 ヤベデッ…ボグヲ、イジメダイデッ…!


 「今、動かしては駄目だッッ!!」

 イケメンなサラリーマンさんに羽交い締めにされる千恵

 顔は悲痛そのものだが…死にかけの絶対安置系男子たるこの兄貴を揺するとは、中々にエゲツねえ妹だぜ


 「やめてッ!離してッ!!お兄ちゃんがッ、死んじゃうッッ!!」

 その目には涙すら浮かべる千恵

 ……どうも伝えが悪いだろうけどな、離されたらお前に殺されちゃうんだ、もうほっといても死ぬんだろうけどさ、当か他の違いが、そこに己が感知せぬ過失が発生してしまう訳だ

 そうなるとお兄ちゃん悲しいんだ、たぶん


 てかお前…なんか、普段とキャラ違くね…?


「コラッ!大人しくしてくれないかッ!?」

「お兄ちゃんッ!愛してるッ!愛してるよッッ!!誰よりもッッ!!」

 ……おおっ鳥肌ぁッ!お前、普段絶対そんな事言わないよね、どうしたの急に…なんか悪い菌でも貰っちゃったの?


 ……ああ、君のお兄ちゃん…残り少ない生命エネルギーを、全身の立毛筋を起す為に使っちゃった、なんかもうね…死にそう


 ……そ、そもそも俺、吉山良太、16歳はごく普通な、地元のしがない高校に通う、これまたしがない学生だった

 性格は普通、成績も普通、何もかもが平凡で、何もかもが平穏な人生だった筈だ

 唯一、普通でない所があるとすればそれは人と比べて、少しだけ記憶力が良い所くらいだが、勉学はこれといって捗らない


 ……うん、ぶっちゃけ取り柄が無いんだ、おかげさまで今だに童貞だし、この際だ、誰か貰ってやってくれないか?夜飯代だった500円玉付きだ


 ちなみに趣味はゲームと読書とアニメ鑑賞、そして天体観測、所謂オタクだが、人付き合いは普通であると思いたいし、最近は異世界転生物にハマっていて、好きな食べ物は納得とオクラと根昆布

 ねばねばが合わさり、最強に粘っていた


 嫌いな物は、ヤンデレ


 ……ん?何故かって?

 では、時を今朝に遡ろうか…きっとそこに〈ヤンデレフラグ死の宣告〉が、この白雪に紛れて、地雷が眠っていたに違いないからだ



☆ミ



 チュンチュンチュイッ!と、鳥が囀る、紛れもない朝の訪れであった

 それにより思わず起きる俺、現在時刻確認、極めて問題無しだ

 今日は冬休み期間で、しかもクリスマスだ、一応、予定はある


 ベッドから飛び降りて、ぐぐっと身を伸ばし、カーテンに手を…おおっと、だから人間って奴は、可愛いんだぜ?


 ……このカーテン、ともすれば窓の奥には、この世界の闇の欠片、深淵の片鱗が存在するのだ

 では、その恐れ多くも病んだえにしを、このカーテンの隙間にてご覧になろうではないか、チラリ

 そこには向かいの家、通称、高林のお隣さんであり、ここ正面対称の窓の奥、その手前


 ……全くの無表情で、棒立ちの女がいるね?


 ある日、これに気付いた俺は仰天のあまり後ろへ転倒し、床へ後頭部を強く打ち気絶してしまい、救急車にて運ばれる事態となってしまった

 発見者、救命者共に妹である、妹万歳


 おや、彼女…今無表情から口元だけニヤリと、少し笑いましたね…何故かって?恐らく、愛すべきこの手がカーテンに触れてしまったからだ

 開くんじゃね?そんな淡やかな期待が顔面表出しているのだと、俺は分析する

 そう、深淵をのぞく時、深淵もまた、こちらをのぞいているのだった


 ……ちなみに開けると、あっ偶然だねっ!おはようっ!みたいな感じだし、ああ思い出しただけでもブルッちまうぜ?


 ん?けなげ?あけてあげないと、かあいそう?

 ……おまッ!馬鹿言ッてんじゃねぇッッ!!毎朝365日アレだぞッッ!?


 俺にッ、安らかな朝をくれぇッッッ!!!


 おっと、1人でに興奮してしまった、まずは落ち着かなければな

 そもそも彼女はカーテンから観測しない限り、いるかもしれないし、いないかもしれない、シュレディンガーな女なのだ


 先ず、シュレディンガーな彼女はどれほどの時間そうしているのか、珍しく俺が風邪に罹った日のことから導き出そう

 観測開始時刻、朝の6:30から、マチマチ飛んで、ご飯12:00迄、計5時間半である、それからは怖くて…観測していない

 観測者としては大変未熟かつ失格であるが、恐れある人間としては正しい姿勢だと思いたい俺である


 胃痛む苦悩を後に、朝御飯を食べるべく部屋から出ようと、しかし何気なくベッドを見返せば

 ……おっと、昨日徹夜するくらいまでハマっているゲームが散らかったままだな


 〈The Star☆ミ Lowncation〉


 催眠導入式のバイザーを被り、五感を得ながらプレイするVRゲームだ

 ゲーム内容はRPG、噛み砕いて言えば、なんか隕石滅茶苦茶降った、なんか強力な魔物が発生した、助けて勇者内定済み御都合主人公ッ!みたいな感じ、ありきたりだな


 発売日はおよそ一年前、俺が彼のエルヴィンの助手となった頃だろうか

 バグの大宇宙過ぎて今だにギガパッチが止まず、その存在自体がバグだと称される程の"ゴッド・オブ・クソゲー"


 誰が言ったか、題名の〈☆ミ〉、これは投げ捨てられた〈TSL〉が、やがて大気圏を突破し、流れ星になった姿なのだという


 掲示板ではいちいち話題に事欠かないし、動画サイトでも関連動画が常に首位を記録する

 その話題を提供するべくバグを発見する者達、通称"腹筋ビルダー"達

 これも誰が言ったか、笑い過ぎて腹筋が崩壊する現象を巻き起こす彼等にちなんでいる


 攻略難易度、それは混然たる〈混沌級カオス〉、なぜか?


 一年経った今でも、クリア者がいないからだ


 ちなみにだが、このゲームを終わり深夜2時、いざ寝るというその時、愚かにも俺は…エルヴィンになろうとした

 そうだ、カーテンの奥を、観測してしまったのだ


 ……しかし彼女はいた、街灯に照らされ、変わらぬ無表情で


 ここに1つ、真実が生まれた

 シュレディンガーな彼女は、寝ていないのだと……


 俺は恐怖のあまり、思考を放棄した


 ……話が脱線したが、またこの〈TSL〉は、ある取り扱い説明書とも揶揄され――


 「おいクソアニキッ!?母さん達心配してんだろうがッッ!!」

 ドンッ!我が部屋の扉が勢いよく開け放たれる、その扉は…俺もきっと泣いているに違いないのだ

 そこには小柄で、長い黒髪の美少女然とした、実の妹の千恵がいる


 ……年子なのに、凝らずもどうしてこうも差が出るのだろうかとは、14年来の疑問となろうか


 「別に、今行くぞ?」

 もう起きてはいたのでそう伝うのだが、千恵はそれを受けて、酷く顔を顰める、おこである


 「チッ!」

 舌打ちである


 「いちいち怒んなよ…」

 「…だったらはやく出て来いやッこのクソ野郎ッ!!」

 部屋から出ると、バスッ!と、背後からケツを蹴られた……

 まあいつもの事だ


 「…暴力女かい、そんなんじゃモテねえぞ?」

 やられたまんまなのもアレだしと適当に軽口を叩くと、また背後から、今度は足の裏でケツを押し出されるように蹴られる……

 まあ…いつもの事だ


 「童貞が語ってんじゃねぇぞッ!!」

 ……ぐうの音も出ない俺だ…なんか、悲しくなってきた…目から何かが溢れ出しそう


 汁気を堪え、そのまま一階に降りて居間にいる親達に朝の挨拶をし


 「千恵、今日はなんか機嫌悪いな?」

 父が機嫌を伺いながら、無言を貫く苛立った様子の千恵、それを囲みながらの朝食である


 ……確かに、いや普段から機嫌が悪くはある妹ではあるが、今日は殊更に悪く思える、所以何故だろうか?


 俺は朝飯を後に部屋に戻ると、勉強用机の上に置いてある、一通の手紙を手に取る


 そして、これを入手した経緯について回想する


 あの日は高校の登校日で、家から普通に出て、普通に校門に到着だった。

 うん、実に当たり前だな、実にフォーエバーであった。


 「よーっすー!良太、おはよっぴっ!」

 我が幼稚園来の幼馴染、美苗が背後からこっそりと忍び寄り、いや全くの気配も無く、確実に俺の後に来ながらも、いつも通りのハイテンションで俺の背中を手のひらで軽く叩いたのだ。

 振り返れば、そこにはこれまたいつも通りなニコニコ笑顔で、よっ!とばかりに手を頭辺りで動かしていた。


 外見はボーイッシュ、性格は分け隔てなく、悩ましい事に大変活発的でもあり、陸上の部活では若きエース

 しかし胸はそこそこあるし、顔立ちのそれは昔に比べ、いまや麗しい女性らしさを讃える。


 …もっと男っぽい、ドライな感じだったのにな…時とは奇なり、人をこうも変えるものだ。

 俺は、適当な身振り手振りを交え、遅刻気味ながら挨拶とさせてもらった。


 「おは美苗、おはっぴ?」

 挨拶も急に、なぜだか詰め寄ってきた美苗に、少しドキリとした俺だがそれは危険が危ない、あまりにも若過ぎる心的情動に他ならない。

 そのまま、何故だがうきうきな様子で俺の腕を取り、目を輝かせていた美苗。


 「聞いたかっ良太っ?3日後のクリスマスの夜、流星群が見れるんだってさっ!」

 最近ニュースで取り上げられていたのだ、今日の夜、この街の上空で流星群が見られるかも知れないと、それも結構な長時間らしく。


 「よかったらそのクリスマスッ!僕んちで見ようぜっ!」

 そう、この子、僕っ娘である、いまのところそれだけだ。


 生憎、親達は俺達兄妹が充分に大きくなっているのもあり、何十年ぶりだかのクリスマスデートだそうで。

 普段良い親達であるので、当初は全く構わないとの俺と千恵だった。

 なにより千恵は既に、友達の店の手伝いだかを頼まれていたらしく、彼氏もいないとの話だし、友達は皆デートだと言っていた。

 ではなんで、今日は殊更不機嫌だったのか?様々な要因が上げられるが、女とはわからないものだ。


「ん…別にいいけど、その日の流星群、確か12時くらいだろ?美苗は予定とか無いのか」

 問いかけながらもその腕をするりと解き、いつも通りな筈で、靴を揃える為にロッカーから俺のマイシューズを出し、そして履くんだ。

 それが一連の流れだ、何も当たり前である、筈だった。


 でも、その日は少し違ったようで。

 ぱさり、足元に、白い紙が落ちた。


 なんだろうと手に取ると、それは紛れもない手紙で、可愛らしい雪の結晶を象ったシールで封がされてあり、その上には――


 ――愛おしき、良太様へ――


 「えっ…」

 俺、吉山良太の永しも冬に、伴輩ともやかな春が来たのだった。

 その時ふと、美苗を見やったのだが。


 ……全てが欠落した、その、無の、表情。


 ――首をことりと、横に倒した。


 「――りょうちゃん、モテるんだねえ…そうだ…僕ね、クリスマス、予定はないよ?」


 当時の俺は、圧倒されていた、彼の周囲の空気はきりきりと悲鳴を上げているようにすら思え、まるで逃走の意思を鑑みない。


 ――……また、美苗の瞳孔の開ききった瞳が、ぎょろりと、こちらを捉えて、離さなかったのだ。


 それを受けた当時の俺は、こう思っていた。


 あーやばいよ?これはやばい、やばい、あやばいよ、やばいやばいやばいっ

 ママァ、貴方の息子、良太は精神退行しそうになってます、おぎゃっ…ごめん、軽くしてます

 ……ふざけてる場合じゃないんだぁ…どうしよう、言葉選びには…注意しましょう、きっとろくな未来が待っちゃいないんだ


 「俺は…クリスマスの日、少しだけ用事があるんだ、悪いけど12時までは家で待っててく――」


 「――あははははははははははははははっ……」


 謎の嘲笑、入りまぁーっス……。


 ……俺のパンツが、濡れていた?それはね…怖くて泣いてるんだろうね、心が、泣いていたんだ。


 「わかったよ、りょうちゃん。家で――待ってるね?」

 一頻り嗤った後…ニコニコと、昔名然しも、普段通りであるかのような笑みを浮かべ。


 しかし、瞳孔は開きっぱなしであった、とても怖かったんだ

 美苗はそのままぐりっと首を、我らが謳う教室へと、歩みを向けていったのだった、そう、嵐が去っていった。


 誰か、お助け下さい。


 「――おや、遅刻坊主の良太くんではないか、早くしないとHRが始まってしまうぞ?」

 悲観に暮れていると、職員室方面から来たっぽい風紀委員長の白木坂椿先輩から声がかかった。


 さりとてその日も、そのショートカットの写えし麗しき美貌を周囲に振りまいているのだ、ああ、素晴らしきかな、椿パイセン。


 声をかけられただけで、救われた気がしただけの俺だ


 「おはようございます、椿さん…もうそんな時間ですか、では…」

 「…ああ…また会おう」


 遅刻不成と急いで自らのクラスへと向かった。

 それは見事なアウトだったんだぜ?


 ちなみに美苗とは同年代であり、クラスは別なのだが…その日の授業内容は、全く頭に入ってこなかったのだ。

 なんの為に行ったのか、解を得ない。


 「――よーし、最後の科目は終わりだ、後は終業式だけだな。お前ら、クリスマスはハメ外して怪我しないようにな?」

 ……気が付けば、数学の鈴木先生が授業の終わりを告げ、注意の喚起を呼びかけていた。


 今日という日は部活も全休、急いなる苦しみます…おっと?聖なるクリスマスであるからして、ハメを外しすぎた奴らへの布石でもあるのだろう。

 この後終業式が始まったらしいのだが、美苗に終始見つめられていた以外、何も覚えちゃいない。


 俺は、帰り仕度を済ませ、鳴っているのかすらわからない頼りない心臓を盾に、寒空の中、雪道を歩いて行き、そして盛大に転けたのだ、痛かった。

 もはや家路の記憶すら甲斐なく、我が家へとたどり着き、鞄の中にある鍵を取り出した。

 ガチャリと、心労故か何時もより重く感じた施錠、だが確かに気のせいではあった。


 自らの部屋へと導くべし安楽の突状棒、だが、妹との触れ愛により、施錠して置く事を忘れていたのだ、うっかりしていた、部屋にあったのだ。

要は、してあるのならば身に持ち、ないのならば、その鍵は身に余るべきである。


そう、後悔が先に立ったのだ、何故、我を縛めぬ、故に、彼を縛めぬのか?


 ……いいからはやく開けろよって?…そうだね

 そっとドアノブを開け、中を覗く俺。


 ――…ニヤリ


 我が抱括すべし羽毛布団にて低反発枕を胸に携わり、いるやも確からしく、そんなシュレディンガーな女が、そこにはいた。

 いやぁ、どうやって侵入したんだろう?


 バタン、一片の迷いなく直ぐに閉めた、ああ、観たのさ。


「ッ!?おわああああああッッッ!!?」

 びっくりし過ぎて心臓が止まったのと同時に、涙が止まらなかった。


 ――ドンッ!!


 急いで階段を降りていると、我が部屋中側から、何かを強く打ち付けたような音がした。


 ……という事があったんだ


 なんだか急に頭が、恐怖で真っ白になった


 「クリスマスケーキは如何ですかーっ?」

 用事も済み、駅前近くの路地には数多の出店があり、その周りには売り子らしきサンタのコスプレをした女性達や、トナカイらしい衣装を着た男性が顔だけを覗かせ、各々が商うべく喧騒をなす


 去りしも気が付けば、ラブレターに書かれた指定時間場所、駅前ホールの一番大きな木の下で体を震わせながらも俺は待っていた

 この身のしばれと震えは決して、寒さだけに他ならない筈なのだ


 ……来ないな、指定の時間を過ぎているのに、全く来る気配がない

 指定場所は大まかに言って間違いないだろうし、時刻は今携帯で確認するだけでも、10:25、指定の時間は9:30、約1時間オーバーか

 尚も着信履歴が350件近くとなっているのは何かの見間違いであり、その目の当惑を不確かにすべく携帯画面の電源を切る

 あまりにも完璧すぎる現実逃避であるのは言うまでもない


 ……何も期待している訳ではなく、騙されたのならば、それでいい

 俺には…既に好きな人がいるからな、したがって今回の恋劇は悲劇にはあらず、受け止め方次第、なのだろう

 なにより厄介なのは、肝心なラブレターには恋文の他に当名や、アドレス、電話番号の記述が無く、愛以示すばかりは場所の指定だけである事か


 ……誠実に在りたいとは、なにも不思議な事ではないはずだ、だから俺は少なからず、そう在りたい

 然るべきケジメはきちんと付け、それからでなければ…あまりにも無責任だろうから……


 やがて現在時刻は、11:30


 着信履歴が1000件近いのはきっと携帯が壊れているからに他ならず、この画面の電源を切る指が恐ろしく震えて見えるのは、寒さ故だ


 ……帰ろうか、もはや、居るべきじゃないだろう、寒いし、帰って枕きゅんをきゅんって抱き締めてやるんだ


 帰路虚しくも、とぼとぼ歩いていると周りは男女のカップルだらけである事に気付いた

 まあ所謂リア充って奴だ、何かの拍子に、爆発しないだろうか?


 ……息が白いなと、ふと思う



 「――りょうちゃん」



 ッ……背後から見覚えのある、底冷えするような声が、聞こえるねぇっ…

 恐る恐る、振り向く俺だ


 おっ?そこには美苗がいるではないか、流星群は12時から半以降くらいには見れるとされており、今はまだ早いだろうに


 ふふ、せっかちさんめ☆ミ


 「美苗?どうした、まだ流星群のじかっ――」

 気付けば、美苗は俺の肩に顎を載せるようにして瞬く間詰め寄り、身を揺らす衝撃を齎す、なんだ、寒いのか?


 やがて、ゆっくりと身を離して行く

 はて、なんだろうかと、その間を見やるのだが……


 ――そこには、自らの心臓のあたりへと広がりを見せる夥しい血、銀色の柄の、刃物ばかりがあった


 ……あ、あるぇー?なんで刺さってるんだ?…刺さ、れた?美苗に?どうして?俺は黒髭危機一髪じゃないんだぜ?んーおかしいなぁー


 「りょうちゃんが悪いんだよ…?りょうちゃんがっ…」

 寒さなのか、その所業からなのか、わなわなと震えてみせる――


 ――シュレディンガーの女こと、高林、美苗だ


 「み、な…?」

 その間も徐々に、意識は薄れ、後ろに引っ張られるような感覚と共に、胸から、熱が溢れていくのだった……



 ……うん、たぶん、どっかでおもっくそぶち抜いたんだろうね、〈TSL〉的に言えば、〈ヤンデレフラグ死の宣告〉をさ



☆ミ



 そして、冒頭につながる訳だ

 おわかりいただけただろうか?その〈ヤンデレフラグ死の宣告〉を、少なくとも俺にはわからない、極めて理解不能なんだ

 ではもう一度、言わせてもらおう


 どうして、こうなった…?


 「うっ…うぅっ…死なないでえ…お兄ちゃんっ…!」

 俺の側、鼻水と涙でぐちゃぐちゃにして、せっかくの美人台無しな、悲観に暮れ、泣きじゃくる千恵


 ……自らのコートのポケットに、もはや酷く震えるその手を入れて、用事の、クリスマス限定品が間違いなく存在する事を確認した


 ……美苗への、クリスマスプレゼントだったものだ、驚かせてやりたかったな……


 ……ああ、視界が…だいぶ霞んできてるなぁ…前後の比較から千恵が近くにいるのは、辛うじてわかるけど…えなんか顔めっちゃ近くね?何してんの?

 いや、もはや見えないと言っても過言ではないし、気のせい、か?


 あっでも、お兄ちゃん見えそうだぁっ!…三途の川が


 音も殆ど聞こえないし、んーこりゃ参ったね…どうしよ?死ぬんだわこれ


 もっとやりたい事があったはずなのにな、だが不思議と、焦りはない


 満たされてすら、いるのだろうか…よくわからないな


 ……霞む視界にすら、その闇空には、変わらずちらちらと流星が舞っていて、煌びやかな光の尾を引く


 でも、瞼が、どんどん、重くなってゆく……


 ……そう、だ、日本には、とある、言い伝えが、存在していたな

 流れ星に、お願い事をすると、その夢が叶うという、所謂眉唾である

 ああ、しかしならば…この際だ、虚しくも、願ってやろう、ではないかっ


 ――この世界の、ヤンデレ、供にッッ!!


 ――救い、あれッッッ!!!


 やがて意識が、暗転し、途切れた……


 ……はず、ではないのか、何故意識がある、可笑しいのでは?死んだらそれで終わりであるからして、これは異常である

 それどころか、徐々に失われていったはずの体の感触が戻っていて、どうやら今の俺は体育座りで、何やらガタンゴトンと嫌にケツに響くアトラクションに乗っているのがわかる


 目をパチリと開ける、こちらもきちんと元どおりなようで、何故ならば、目の前には

 ボロボロの薄着を纏い、小汚い少年少女達が一様に暗い表情をして、どんぶらこっこ、どんぶらこっこ


 俺も含め、鉄の檻のようなゲージに入れられて、全てを曝け出す格子の車窓から、そう、どうやら、〈奴隷輸送用馬車〉で運ばれていたのだ


 おや?このシチュエーション…覚えがあるな?覚えどころか、今日やっていたに違いないからだ


 「――よりにもよって、なんでこの世界なんだよおおおおおッッ!?」

 これは、魂の悲鳴であった、それに反応してか、周りの奴隷系青少年達は、正気のない瞳で、こちらをのそりと捉える


 ……このシチュエーション、ああ間違いないっ


 ――〈The Star☆ミ Lowncation〉


 ――後世に、歴史に名を残すべき、ゴッド・オブ・クソゲー


 ――またの名を、投げ捨てるべき存在、その存在自体がバグ、巡る狂気、理不尽の権化、シュールアハ体験、珍獣大サーカス、バグのビックバン、難易度〈混沌級カオス〉、制作者が病気シリーズ、etc…


 そんな、スターダストなクソゲーの、その序盤、プロローグであったのだ


 吉山良太、16歳、将来の夢は、異世界転生


 ――ああ神よ、だが俺は貴様を呪うだろう、なぜ、よりにもよってっ――


 ――と称される、この、〈ヤンデレフラグ死の宣告〉回避ゲーなのだッッッ!!!――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る