第14話 身のほど知らずの腰抜けだけど

「お、おまえ……魔女の腰ぎんちゃくの下級兵士じゃねえか。そうか。どうやったのかは知らねえが小動物に変化へんげして忍び込みやがったのか」


 魔獣使いキーラはそう言うと驚きと忌々いまいましさをない交ぜにしたような視線を僕に向ける。

 懺悔主党ザンゲストの科学者ブレイディが作った薬液によってフェレットに変身していた僕だったけれど、唐突に人間の状態に戻ってしまったんだ。

 確かに時間が経つと人間に戻ると聞いていたけれど、このタイミングで……い、いや、このタイミングだからこそアリアナを救えるかもしれない。

 束の間、キーラが驚きのあまり動きを止めているのを見た僕は、弾かれたように立ち上がる。


「タリオ! 来いっ!」


 僕はそう叫ぶとすぐさまアリアナの方を振り返った。

 とにかく彼女を鎖から解き放ち、ワクチン・スタンプでウイルスからも解放してあげたい。

 すぐに僕の左手にはタリオが現れ、僕はそれを振り上げた。

 アリアナを縛り付ける鎖を断ち切るために。

 だけど……。


「そうはさせるかよ!」


 キーラの声が響き渡り、同時に僕の左腕に獣属鞭オヌリスからみつく。

 強い衝撃と腕を締め付ける圧迫感に僕は振り上げたタリオを振り下ろせず、それどころか後方へ容赦のない力で引っ張られて思わず体勢を崩してしまった。


「うわっ!」


 腕にからみつくむちは力強く、足の踏ん張りを失った僕の体はいとも簡単に宙を舞う。

 そして僕はそのまま岩壁に叩きつけられてしまった。


「うぐぅ!」


 僕は背中を強く打ち付けて息を詰まらせ、そのまま地面に倒れ落ちる。

 するとキーラが素早く駆け寄って来て、腹ばい状態の僕の背中を足でドンっと踏みつけた。


「かはっ!」

「オラッ! てめえ。図々しくもこんなところまでやってくるとは、さすがにアタシも予想してなかったぜ。ああ? よくもまあアタシらの虚を突いてくれたなぁ」


 苛立いらだった声でそう言うとキーラはグリグリと僕の背中を踏みにじる。

 僕は何とかキーラの足から逃れようと左腕一本で必死に体を起こそうとするけれど、左腕にからみついたままの獣属鞭オヌリスを強く引っ張られて体勢を崩し、再び腹から地面に崩れた。


「てめえみたいなザコに予想を裏切られて腹立たしいぜ。ザコはザコらしくそうやって地面にいつくばってろ!」

「ぼ、僕は確かにザコだけど、それでも友達を見捨てたりしない。アリアナにあんなひどいことして、絶対に許せない!」


 僕は腹の底にたまる怒りを吐き出し、タリオによってステータス・アップされた持てる力を全て使って立ち上がろうとする。


「絶対に許せない? おまえごときがアタシにそんな口をきくとは随分ずいぶんえらくなったもんだな」


 怒りをはらんだ声でそう言うと、キーラは僕の背中を踏む足に力を込め、起き上がろうとする僕を押し潰そうとする。


「身のほどをわきまえろ! 腰抜け野郎が!」


 だけど僕は死に物狂いでキーラの足を押し返し、せめぎ合いとなる。

 身のほどなんて嫌というほどわきまえてきたさ。

 自分が腰抜け野郎だってことも十分すぎるくらい分かってる。

 でも僕は自分で一つだけ誇りに思っていることがある。

 僕の心の中にある本当に小さくてわずかな勇気の炎が、困っている友達を助けたいと思った時には強く燃え上がってくれるんだ。

 だから普段は到底できないような無茶なことも僕はやってしまえる。

 腰抜けだけど身のほど知らずになれるんだ!


 アリアナを助けたい。

 その思いは本物だ。

 だから双子がどんなに恐ろしい敵でも僕は立ち向かうことを絶対にやめたりしない。

 僕は痛いほど歯を食いしばると、ありったけの力でキーラの足を押し返す。


「ううううううっ!」

「こ、この野郎!」


 その時、僕を踏みつけるキーラの右足ではなく軸足となっている左足の足首に、さっきフェレット状態の僕が噛みついた生傷が見えた。

 こ、これだ。

 僕は咄嗟とっさに足を伸ばして、つま先で力いっぱいその傷を蹴りつけた。


「うあっ!」


 キーラは思わず苦痛の声を上げ、途端に僕の背中にかかる彼女の足の圧力が弱まった。

 その瞬間に僕は一気に立ち上がったんだ。

 たまらずキーラはバランスを崩しかけてのけぞる。

 今だ!


「うわあああっ!」


 キーラの上体が伸びて重心が高くなったところに僕は渾身こんしんの力で体当たりを浴びせた。


「うげっ!」


 タリオの特性によって反発強化されている今の僕に思い切りぶつかられたキーラは、さすがに地面に倒れ込んだ。

 でもタリオを握っている左腕に獣属鞭オヌリスからみついたままで、右腕のない僕は刀身を持ち替えてこれを断ち切ることが出来ない。

 だけどタリオの柄でとぐろを巻いていたへびたちがすばやく動くと、僕の左腕にからみつく獣属鞭オヌリスに牙を立てた。

 そして僕の腕からむちを器用に解いてくれたんだ。


「よしっ! いけっ! キーラに食らいつけ!」


 ようやく体の自由を取り戻した僕は、起き上がろうとしているキーラにへびをけしかけて追撃する。

 キーラは憤然と獣属鞭オヌリスを振るってへびたちに応戦した。


「クソが! 生意気なんだよっ! チッ! もうアリアナが出撃する時間だってのに」


 僕はすぐにでもアリアナを助けにいきたい衝動に駆られたけど、キーラのすきをついてアリアナに駆け寄るのは無理だ。

 こちらが少しでもアリアナに気を取られてすきを見せれば、さっきみたいにキーラの獣属鞭オヌリスでまた縛られてしまう。

 僕なんかがまともに戦ってキーラを制圧出来るとは思わないけれど、ほんの十数秒でもキーラの動きを止められればアリアナにワクチンを投与できるはずだ。


「うぅ……」


 耳に聞こえてくるアリアナの苦しむ声はすでに弱々しくなっている。

 もうほとんど意識は朦朧もうろうとして彼女は失神寸前みたいだ。

 だけど、どうやらキーラの作業は中断されて完了していないようだった。

 そのためかキーラは少し焦って余裕がないように感じられた。

 早く僕を倒して、作業の仕上げを行いたがっている様子が見て取れる。

 そのことが僕の心に幾ばくかの冷静さを植えつけてくれた。

 僕はすぐに彼女を助けてあげられない心苦しさに耐えてキーラへの攻撃に集中する。


 へびたちはキーラの獣属鞭オヌリスに跳ね返されても、今の僕の気持ちを代弁するように果敢に向かっていく。

 僕は白と黒のへびたちと連携してタリオの刀身でキーラに斬撃を繰り出した。

 ある意味でそれは3対1の戦いと言え、僕にとって有利だった。

 キーラは僕をザコだカスだと罵倒しながら、獣属鞭オヌリスを振り回していたけれど、へびの助けもあって僕は致命的な攻撃を受けずに済んでいた。


 それでも僕は剣を振るうのに必死であり余裕は1ミリたりともなかったけれど、キーラの様子を見る限り僕にもチャンスがあると思った。

 キーラは僕を大したことのない相手だと見下しあなどっている。

 さっきだって僕の背中を踏みつけている間に、ナイフでも突き立てれば僕は簡単にゲームオーバーになっていたはずだ。

 それをせず、自分の嗜虐しぎゃく心を満たそうとしていた。

 そうした油断が彼女の腕を鈍らせ、その目を曇らせている。

 今なら、たった一度のチャンスに賭ける価値がある。

 僕はここがチャンスだと踏んで思い切りキーラの間合いに踏み込んでいった。


「馬鹿が! 調子に乗りやがって! 死ね!」


 飛んで火に入る夏の虫とばかりにキーラは僕の体を狙って獣属鞭オヌリスを振り下ろすけれど、それは僕の体を打つのではなくからめとって捕縛しようとするむちさばきだった。

 タリオが持つ報復ダメージのことをキーラも知っているため、僕に大ダメージを与えてそれが自分に返ってくるのを避けたいんだろう。

 だけど……僕はえてさらに前に踏み込み、むちが巻き込む動きをする前に、わざとそれを体の真正面で受けた。

 そのためキーラの獣属鞭オヌリスは僕の胸から腹にかけてを激しく打つ。


「ぐぅっ!」

「な、なにっ?」


 重い衝撃が全身に響き渡り、耐え難い苦痛とともに大きなダメージが僕のライフゲージを盛大に減らした。

 

「くはぁ!」


 同時にキーラの口からも苦痛の声が漏れる。

 僕が受けた大きなダメージと同等のそれが彼女のライフゲージをけずり取ったんだ。

 そしてそこに大きなすきが生まれた。

 

「今だ!」


 僕の意思を受けてへびたちはキーラの体に巻きついてその動きを止める。

 それを見た僕は躊躇ちゅうちょせずに振り返り、アリアナの元に駆けつけると、彼女を縛る鎖に向けて思い切りタリオを振り下ろした。

 ガキンという硬質な音が響き渡り、ついに鎖が断ち切られる。

 やった!

 あとはワクチン・スタンプを……そう思って僕がアイテム・ストックからワクチン・スタンプを取り出したその瞬間。

 鎖から解き放たれたアリアナの足元に緑色の魔法陣が現れ、彼女を飲み込んでしまった。


「ああっ! アリアナ!」


 そして代わりに魔法陣の中から別の少女が現れたんだ。


「……まったく。愚かなお姉さま。何を遊んでいらっしゃるのかしら。こんな脆弱ぜいじゃくな下級兵士に遅れを取るなど末代までの恥ですよ」


 黒と青の糸で織り込まれたローブを身にまとい、長い銀色の髪と金色の瞳が印象的な陰鬱いんうつそうな表情をした少女。

 僕の目の前に現れたのは双子の妹・暗黒巫女みこアディソンだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る