第13話 囚われの魔道拳士

 地底の牢獄で魔獣使いキーラは獣属鞭オヌリスを握り締めたまま、とらわれのアリアナを言葉で責め立てる。


「あの下級兵士の体内に隠れたウイルスを発動させれば、あいつは狂気に陥り、ゲームのルールを逸脱した凶行に及ぶだろう。そうすれば危険分子としてあいつは運営本部に処分される。おそらく運営本部の決断は早いぜ? なにしろただの下級兵士だからな。ミランダのようなボスと違って、ためらいなくスバッと消去するだろうよ」


 えっ……?

 僕にウイルス?

 そんなことは……そ、そうか。

 キーラはうそをついてアリアナをだましているんだ。


 アリアナは僕がウイルスにおかされていると思ってしまっている。

 彼女は知らないんだ。

 懺悔主党ザンゲストのメンバーであるトラブルシューターの少女アビーがくれたワクチン・プログラムによって守られている僕はウイルスに感染することはない、ということを。

 それをアリアナに伝えられたら、彼女はもうあんなに苦しまなくて済むはずだ。

 僕は何とか彼女にそれを伝えなければ、という強い思いに駆られて体を必死に動かそうとする。


「もし……もしアル君に手出しをしたら私、あなたたちの行ってきた不正行為を全て暴露してやるから! 共犯者としてどんな罰を受ける覚悟もあるわ!」


 アリアナはくちびるや肩をワナワナと震わせてそう言い放った。

 それは生来気弱な彼女の精一杯の叫びだった。

 だけどキーラはこれを一笑に付す。


「ハッハッハ。ここから二度と出られない奴がどうやって密告チクるんだよ。ここはこのゲームに存在しないはずの場所だ。アタシとアディソンしか訪れることはない。おまえはずっとここでアタシらに飼われていくんだ。でも心配しなくていいぞ。代わりにコピーのアリアナがアタシらの従順な下僕としてこのゲームで活躍してくれるからよ」


 コピー?

 コピーってどういうこと?

 キーラは得意げな顔で言葉を続ける。


「そんな怖い顔すんなアリアナ。アタシらが責任もっておまえを人気者に仕立て上げてやるからよ。おまえがチマチマそのまま地味にプレイするよりもよほど人気が出るぜ? なんつってもアタシらプロデュースの天才だからな」


 軽口をたたくキーラに対し、アリアナはくちびるを噛みしめると勇気を振り絞るように拳を握りしめた。


「NPCのオリジナルをここに残してコピーを作成し、そのコピーをウイルスで支配して自分たちの都合のいいように操る。そんな行為、絶対許されない。あなたたちの勧誘を受けてNPC化を申し込んでくれたプレイヤーたちに対する重大な裏切りよ!」


 キーラを責め立てるアリアナの言葉が僕の頭の中でグルグルと回る。

 そんな……ということは双子は契約書のすり替えだけじゃなく、NPCのすり替えもしてたってこと?

 そんなこと可能なのか?


「誰にも分かりゃしねえよ。そのくらいの事前準備はしてある。万が一、運営本部の監査が入った時のためにこうしてオリジナルであるおまえや外の連中を残してあるんだ。コピーの方を監査されるとウイルスを検知されちまうからな。監査の時はおまえらオリジナルから監査専用のコピーをもう一体作り出す。そのコピーを監査させれば万事OK。これですべてはやみの中だ。分かったか? アリアナ。おまえに出来ることなんてもう何もないんだ。無力な己をせいぜい呪いな」


 そう言うとキーラは高笑いを響かせる。

 やっぱりそういうことなのか。

 ここにいる本当のアリアナの他にもう一人のアリアナが用意されていて、そちらが双子の操り人形として動いている。

 クッ。

 双子の用意周到さは相変わらずだ。

 アリアナは悔しそうにキーラをにらみつけたまま何も言えずにいる。


 僕は彼女の悔しさが手に取るように分かり、思わず身震いした。

 彼女の怒りや悲しみ、悔しさが自分のことのように感じられて仕方がない。

 その時、僕は気が付いた。

 ようやく体のしびれが治まってきて、動けるようになってきたことに。

 どうやらキーラに刺された毒はそれほど成分が強いわけではないようだった。


「さあ。アリアナ。そろそろ出撃準備だ。舞台は整ったぜ。ミランダの猛攻でプレイヤーは全滅の危機にひんしている。そこへおまえが颯爽さっそうと現れるんだ。なあに、心配すんな。他のNPCたちをうまく使ってお前が確実にミランダを倒せるようコントロールしてやるから。んじゃ、地上で待機しているコピーの方におまえのメイン・コントロールを移すぞ」


 そう言うとキーラは自分のメイン・システムからアリアナのそれへとアクセスする。

 途端にアリアナが激しく苦しみ出した。


「うううううっ! あああああっ!」


 アリアナはよほど苦しいのか、耐え切れずに身をよじって叫び声を上げる。

 両手両足と腰を太い鎖でガッチリ固定されている彼女は苦しさから逃れようと激しく暴れ、そのたびに鎖がガチャガチャとけたたましい音を立てる。

 それは何か特殊な鎖のようで、力の強いアリアナがいくら逃れようとしても決して断ち切れない。

 そしてあまりにも激しく暴れるため、鎖にこすれてアリアナの手足は赤く腫れ上がり、血がにじみ始めた。


「毎度毎度暴れるんじゃねえよ。面倒くせえな。抵抗するから苦しむんだって何度も言ってんだろ。外の連中みたいにあっさり体を明け渡せば、苦しまずに済むのに馬鹿な奴め」


 キーラはあざけるようにそう言うと、獣属鞭オヌリスを振るってアリアナの足腰を幾度も打った。

 ああっ!

 アリアナの体が傷だらけで道着がボロボロなのはこのせいだ。

 こんなことが今まで何回もあったんだ。

 こんな苦しみに襲われながらアリアナは決して心までは屈服しない。

 だからこそ彼女はこんなにも傷ついてしまった……くっ!


 僕は凄惨せいさんなその様子を見ていられなくて思わず立ち上がる。

 やめろ……もうやめてくれ!

 だけどキーラは苦しみもだえるアリアナを目の前に、薄笑みを浮かべたまま平然と作業を続けている。

 僕は怒りが沸点を振り切るのを感じ、我を忘れてキーラに飛びかかった。


「もうやめろ! アリアナを放せ!」


 そう叫ぶと僕はキーラの足首に思い切り噛みついた。


「イッテェッ! な、何だこのイタチ!」


 キーラは怒りの声を上げて作業の手を止め、足首を激しく振って僕を振り払う。

 僕は地面に投げ出されたけれど、すぐに立ち上がる。

 そんな僕を見下ろすキーラの目に驚きの色が浮かんでいた。

 僕が動けるようになったことに驚いているんだ。

 そう思ったけれど、彼女の驚きの原因はそうじゃなかった。


「おまえ……今、『もうやめろ。アリアナを放せ』と言ったな?」


 えっ?

 ど、どうしてフェレット状態の僕の言葉を……ハッ!

 キーラは魔獣使いだから動物の言葉が分かる……うぐっ!

 考える間もなくキーラは素早く手を伸ばして僕の体を再び握り締める。

 

 そしてキーラは僕をすぐ間近で品定めするようにジロジロとすがめた。

 彼女の鋭い眼光が恐ろしくて僕は思わずすくみ上がる。

 ただでさえキーラは怖いのに、フェレットになっている今の僕は本能的に魔獣使いを恐れている。


「イタチは人の名前程度なら繰り返し聞けば覚えちまうことはあるが、さっきのおまえみたいに話したりはしねえ。まるで人間のようにな。おまえ……ただのイタチじゃねえな? 何者だっ!」


 そう言うとキーラは両目をカッと見開いて僕をじっと見つめた。

 彼女の銀色に輝く目が急激にオレンジ色の光を放つ。

 こ、これは魔獣を操るキーラのスキル……そう思った途端、僕の体の奥からムズムズとした欲求が湧き上がる。

 それは今まで感じたことのない欲求だった。


 僕の本能がキーラを主人と認め、従属したがっている。

 それは抗いがたい甘美な誘惑に感じられた。

 これが自分より上位の存在に従う動物の本能……くっ!

 ダメだダメだ!

 僕は首をブルブルと激しく振って必死にこの欲求に耐える。

 そんな僕の様子を見て、キーラは目を細めた。


「動物がアタシのスキル・従属の目ドミネーションに抗えるはずがねえ。やっぱりてめえ、イタチじゃねえな……ん? おまえ、脚が一本ねえじゃねえか。それにこいつは……」

 

 そう言うとキーラは僕の首にかけられた真っ黒なIRリングに手をかけた。

 彼女の目に怪しげな光が宿る。

 や、やばい。

 バレる。

 キーラはおそらくここまでの僕の様子を監視していただろうから、僕が右腕を失っていることや左腕に装備していたIRリングのことも、それが黒く変色したことも気が付いているはずだ。

 

「おまえ……」

 

 キーラがそう言いかけたその時だった。

 僕は心臓が一度、ドクンと大きく跳ね上がるような感覚を覚えて息を止めた。

 すると体中がゾワゾワとして全身の毛が逆立つように感じられ、これまで巨大に見えていたキーラの姿がどんどん小さくなっていく。

 そして僕は自分の手足が人間のそれに戻っていくのを目の当たりにした。

 そう。

 フェレットの姿になっていた僕は、何の前触れもなく唐突に人の姿に戻ってしまったんだ。

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