第12話 アリアナの真意

 アリアナが捕らえられている地の底の牢獄に魔獣使いキーラが姿を現した。

 フェレットの姿になっている僕を右手でつかみながら、キーラは眉を潜める。


「何だこのイタチ。どこから入り込みやがった?」


 そう言ってキーラはじっと僕をにらみつける。

 その視線が恐ろしくて僕は思わず目をそらした。

 するとキーラの背後、この小さな部屋の後方に、緑色に輝く魔法陣が出現しているのが僕の視界に入ってくる。

 確かあれは双子が以前にミランダを地底湖に引きずり込むのに使った不思議な魔法陣だ。

 あれを使ってここに急に現れたのか。

 キーラはさして興味のなさそうな表情で僕を見ていたけど、すぐに視線をアリアナに向ける。


「ようアリアナ。いよいよ弱り果ててこんなケモノに身の上相談か? Aランクの魔道拳士様も落ちぶれたもんだな。しかしおまえも馬鹿な奴だ。もう少し従順にしていればアタシもそこまで痛めつけることもなかったんだがな」


 そう言うとキーラは意地の悪い笑みを浮かべ、拘束されているアリアナの腕についた傷を左手の指で強く押す。


「うううっ!」


 アリアナは苦痛に顔をゆがめながらも、歯を食いしばって必死に痛みに耐えている。

 くっ!

 僕はアリアナをこんなところに閉じ込めてひどい目にあわせるキーラに対して強い怒りを抑えられなかった。

 怒りでブルブルと体を振るわせる僕だったけれど、キーラは右手でつかんだままの僕を握りつぶさんばかりに締め上げる。

 

「おとなしくしてろ。チビが」

 

 そう言うとキーラは僕の体に爪を立てた。

 痛っ!

 ブスリと背中に爪の先が食い込む痛みと共に、体がしびれるような感覚に襲われて僕は動けなくなった。

 どうやら爪に何らかの毒物が仕込まれているらしい。

 キ、キーラは魔獣使いだから、動物の扱いなんてお手のものなんだ。


「こんな奴が迷い込んでくるなんて、どこかにあなでも開いてんのか。フンッ」


 キーラは僕がぐったりと動かなくなるのを見ると、つまらなさそうに鼻を鳴らして僕を放り捨てた。

 うぐっ。

 僕は地面に落下して力なくその場に横たわる。


 アリアナは心配そうに僕を見下ろすと、キッと鋭い目でキーラをにらみつけた。

 当のキーラはそんなアリアナの様子を見てニヤリと笑うと、大仰に肩をすくめて見せる。


「こんなケモノの心配をしている場合か? もうすぐおまえの出番だぞアリアナ。砂漠のオアシスに出撃だ。大活躍してもらわないとなぁ。ククク」


 キーラは愉快そうにのどを鳴らして笑い、対照的にアリアナは嫌悪感をむき出しにする。


「あそこに出て行くのは私じゃない。あなたたちが作り上げた私のまがい物よ」

「バーカ。そんなことはどうでもいいんだよ。他人から見りゃ分かりゃしねえんだからな。水着姿でケツ振って男どもを引き寄せ、病気でプレイ出来なくなったっていう不幸話で世間の同情を集める。それがアリアナさ」

「違う! 私はそんなんじゃない!」

「いいや。それが世間から見たおまえだ。ここでキーキーわめいてるおまえのことなんか誰も知りゃあしねえ。ここにいるおまえはもうこのゲームの中には存在してねえんだよ。あきらめな」


 ……え?

 な、何の話だ?

 まがい物?

 僕は昨晩、聖岩山せいがんざんで見た双子クラスタのニュースを思い返した。

 あの時、水着姿で双子クラスタの宣伝に出演していたアリアナはまるで別人のようだった。

 あのアリアナは今、目の前にいる彼女とは違うってこと?


 僕は先ほどの広間につながれた多くのNPCたちが、今ミランダと戦っているNPCたちと同じ人物たちであることを思い返した。

 それは要するにまったく同じ姿のNPCが2体いるということになる。

 ということはアリアナもここにいるアリアナとは別の彼女がいるってことなのか?


 戸惑う僕をよそにキーラは指をパチリと鳴らす。

 すると薄暗い地下の岩壁にモニターが現れ、ミランダの戦いの様子が映し出された。

 戦いの場は先ほどまでの中央広場からオアシスの湖岸へと移っている。

 イベントの開始からすでに2時間近くが経過していて、正午のイベント終了まで残すところ1時間ほどとなっていた。

 生き残っているプレイヤーは8人、それに対してNPCはまだ30人が生き残っている。


 ミランダはまだまだ元気に暴れ回っていたけど、すでに全回復アイテムを2つ使い切り、残りは1つだけとなっていた。

 生き残っているレベルの高いプレイヤーやいまだ数多く残っているNPCたちによってミランダは確実に疲弊しつつあるんだ。

 そんな戦いの様子を見ながらキーラは自分のメイン・システムを操作していた。


「うちの所属メンバーも10人以上やられちまったか。ってことは大広間の連中も意識が戻り始めるな。ま、これだけ残りゃ上出来だ。アディソンの奴もよくやってるぜ」


 壁の向こうの大広間にいる人たちの意識が戻り始める?

 どういうことだ?

 僕の頭の中をグルグルと疑問が回り出す。

 そんな僕の目の前でアリアナはくちびるを噛み締めると、顔を上げてキーラに訴えかけた。


奴隷どれい扱いは私だけで十分でしょ。大広間にいる人たちは解放してあげて」

「馬鹿言うな。連中はこれからが仕事の本番なんだよ。残り1時間。満を持しておまえを投入しても、他の高レベルプレイヤーたちに先を越されたら意味ねえだろ」


 キーラはモニターを指差し、言葉を続ける。


「生き残っている8人のプレイヤーたちは全員、レベル50超えの猛者もさどもだ。そうそう簡単にはくたばってくれねえだろうよ。アリアナ。おまえがミランダを倒して目立つために奴らは邪魔だ。そのためにアディソンが苦労してNPCどもを操作してプレイヤーたちの動きを封じ込めてるんだろうが。その辺りをよく考えてから物を言いな」


 NPCたちをアディソンが操っている。

 キーラがそう言ったのを聞いた僕だけど、驚きはそれほどではなかった。

 それよりも、やはりそうだったかという思いのほうが強い。


 でもミランダとの戦いに参戦しているのはサポートNPCたちで、彼らは皆、自分の考えで動く。

 誰かが操るなんてことは普通ならば出来ないことだ。

 ということは十中八九、NPCたちは双子のウイルスに感染しているだろう。

 それを暗黒巫女みこのアディソンが操っている。

 それはジェネットが危惧きぐしていたことだ。


 ミランダと戦闘中のNPCたちの動きが妙だと言ったジェネットの懸念はやはり的を得ていたんだ。

 な、何とかしてこの状況をジェネットに知らせなきゃいけないのに、さっきキーラの爪に刺された影響で僕はしびれて動けない。

 幸いなことにキーラは僕をただのフェレットと認識していて、こちらにまったく注意を払っていなかった。

 な、何とか体を動かせれば……。

 そう思って体を動かそうとするけれど、どうしても力が入らない。

 僕の視線の先ではアリアナが懸命に声を上げている。


「私は……あなたたちの小細工なしでもミランダに正々堂々勝ってみせる。だから他の人を巻き込むのはやめて!」


 だけどアリアナの必死の訴えをあざ笑い、キーラは口の端を吊り上げた。


「相変わらず甘いこと言ってんなオマエは。正々堂々勝ってみせる? 馬鹿か。アタシらのやってることはビジネスだ。最高の演出で確実に勝利を手にする必要があるんだよ。勝敗すらコントロールしてこそ意味がある。おっと八百長とか言うなよ? クソみたいなプライドを掲げてお遊びしてる奴らとアタシらは違う。そしておまえはアタシらにとっての歯車の一部だ。きっちりやることやれや」

 

 そう言うとキーラは獣属鞭オヌリスを取り出して地面をビシッと打つ。


「おまえ。自分の立場が分かってんのか? アタシらは今からでもあのアルフレッドとかいう小僧をこのゲームから消してやれるんだ。それを忘れたわけじゃあるまい?」


 へっ?

 ぼ、僕?

 いきなり自分の名前が出てきたことに僕は驚きを禁じ得なかった。


「ア、アル君には手を出さない約束よ。だから私はあなた達の不正契約も甘んじて受けたんだから」

「そうだったなぁ。おまえはただ一人のお友達を守るために自分を売ったんだ」


 ……な、何だって?


「だがなアリアナ。アタシらの契約書すり替え行為を知りながら運営本部に申し出なかった時点で、おまえも共犯者なんだよ。お友達の下級兵士のためを思っての行動が高くついたな? ハッハッハ!」


 そ、そんな……そんな……。

 僕は知った。

 アリアナは僕のために、僕を助けようと思って自分を犠牲にしたんだ。

 入りたくない双子のクラスタに加入したのは、そのためだったんだ。

 そして僕を守るために行ったそうした行為の果てに、今の傷つき憔悴しょうすいしきった彼女の姿がある。

 その事実に、胸が張り裂けそうなほどの痛みが僕の全身を震わせた。

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