第11話 地底の牢獄

「ひ……ひどい」


 僕は思わずうめくようにそう声を漏らした。

 地下の底にたどり着いた僕とジェネットを待ち受けていたのは、事前にブレイディから聞かされていたNPCたちの幽閉された牢獄だった。

 僕らが狭い穴を抜けて到着したそこは地底に広がる広大な空間で、壁際に並ぶようにして数十人のNPCたちが手足を鎖で拘束され、その場に幽閉されている。


 拘束されているNPCたちは男性7割、女性3割くらいで、種別は剣士、魔法使い、神官、サムライ、狂戦士など様々だ。

 だけど皆一様に感情の欠落した表情をしていて、その場に立ち尽くしていた。

 幸いにしてそこに双子の姿はなく、僕とジェネットは素早く移動して彼らの元に駆けつける。


「アル様。こちらの名簿をアル様にも転送いたします」


 ジェネットはそう言うと、ある名簿を僕のメイン・システムに転送してくれた。

 それはここに来る途中でジェネットの元に神様から届いた名簿であり、その内容は双子のクラスタによってNPC化したキャラクターたちの一覧だった。


「そのリストに記載された人物がここにいる人達かどうか手分けして照合しましょう。双子が現れる前に手早く終わらせますよ」


 そう言うとジェネットはアイテム・ストックからカメラを取り出し、それを僕のメイン・システムに搭載してくれた。

 これで僕の目を通して写真が撮れるぞ。


「それで1人ずつお姿を撮影して下さい。リスト照合と合わせて証拠になりますので」


 ジェネットにうなづいて僕はすぐに作業に取りかかった。

 幽閉されているNPCの人達は壁際に沿ってつながれ、立ち並んでいる。

 すでにあらかじめブレイディが照合済みの数人を除いて僕とジェネットはそれぞれ時計回りと逆回りに彼らの照合を始めた。

 すると……。


「やっぱり……」


 僕は思わずそうつぶやきを漏らした。

 ジェネットの予感は的中だった。

 もう出るわ出るわ。

 ここにつながれている人たちは、やっぱりこのリストに記載された双子クラスタからNPC化した人たちだった。

 そして彼らは皆、今まさにこのジェルスレイムでミランダと対決している。

 それがどういうことなのか僕にはさっぱり分からなかったけれど、とにかく作業に集中した。


 そして十数人の人を確認し終えた時、僕は思わず作業の手を止めた。

 なぜなら壁際に隙間すきまなく並べられていた彼らの間に、ポッカリと間が開いていたからだ。


「ん? 何だ?」


 一定間隔で整然と立ち並ぶNPCたちの中、そこにいる男戦士とサムライの間だけ奇妙な隙間すきまが生じている。

 流れ作業を続けてきたせいか、僕は違和感を感じてその隙間すきまの壁をじっと見つめた。

 するとその岩肌の壁からわずかな風が吹き付けてきて僕の顔を撫でた。

 よく見ると岩肌にはわずかな亀裂が生じていて、そこから風が吹いているようだった。

 僕はそれが気になり、岩肌の壁に鼻先で触れてみる。

 すると壁が急にクルンと回転したんだ。


「うわっ!」


 それは回転扉のようになっていて、僕の細い体は何とか挟まらずに壁の向こう側へと押し出された。

 驚いて顔を上げると、そこは今まで僕がいた大きな広間とは異なり、人が10人も入れないような小さな空間だった。

 壁には弱々しいかがり火がかれ、やみに包まれているはずの地下空間をわずかに照らし出している。


「な、何だここは……」


 僕はすぐにジェネットを呼ぼうとしたけれど、部屋の奥に誰かがいることに気が付いて思わず動きを止めた。

 地面を足でこするような音と金属がこすれ合う音がわずかに聞こえる。

 僕はじっと目を凝らし、薄闇うすやみの先を見つめた。

 すると岩肌の壁に取り付けられた黒くて太い鎖によって、誰かが壁に張り付けられるような格好で拘束されていることを僕は知った。


 こ、ここにもNPCが捕まっているんだ。

 僕は慌てて奥の壁へと駆け寄っていく。

 頼りないかがり火に照らし出されて、捕まっている人の姿が見えてき……えっ?


 僕は思わず立ち止まった。

 まるで地下牢獄のような薄暗くて孤独なこの場所に捕らえられていたのは、僕の大切な友達だったんだ。


「ア、アリアナ……」


 そう。

 鎖につながれていたのは魔道拳士アリアナだった。

 僕は彼女の姿に思わず息を飲む。

 彼女が身にまとった道着はところどころ破れてボロボロで、彼女の肌にはいたるところに痛々しい傷跡がある。

 それは本当に見るのも辛い、痛ましい姿だった。

 僕はたまらずに声を上げた。


「アリアナ! 一体何が……」


 そう言ったつもりだったけれど、フェレット状態の今の僕に人の言葉は話せない。

 だけど僕のキューキューという声が聞こえたみたいで、アリアナはわずかに顔を上げた。


「……どうしたのキミ。迷い込んじゃったのかな?」


 アリアナは力なく、だけど優しい声でそう言った。

 でもその顔はすっかり憔悴しょうすいしていて、よほどつらい目にあってきたことを容易にうかがわせる。

 僕はたまらなくなってアリアナの足元に歩み寄ると、彼女の足首に寄り添って頭をなすりつけた。

 

「……なぐさめてくれるの? でもいいの。こうなったのは全部自分のせいだから」

 

 彼女は自嘲気味に笑い、僕を見下ろすと寂しげに言った。


「私ね、NPCとして楽しく、自分が納得できる生き方をしたかったの。私のただ1人の友達になってくれたアル君っていう男の子がそれを教えてくれてね。でも……全然思う通りにいかなくて」


 アリアナ……。

 彼女の目に浮かぶ涙を見た僕は彼女に何か声をかけてあげたくて、思わず身を震わせた。


「今の私を見たら、私をプレイしてくれていたプレイヤーの人も、アル君もガッカリするだろうなぁ。まあ君にこんなこと話しても仕方ないよね」


 そう言って力ない笑みを浮かべるとアリアナは悄然しょうぜんとうなだれた。

 アリアナ!

 ガッカリなんてしてないよ!

 だから元気を出して!


 僕は必死にアリアナにそう訴えかけたけれど、キューキューとフェレットの声が出るだけだった。

 クソッ!

 どうすれば……あれ?

 そう言えば僕、メイン・システムが使えるんだった。

 それならメイン・システムから「僕だよ!」ってメッセージを送ればいいんじゃないか?


 そんなことにすら気が付かないなんて僕はよほど気が動転していたんだろう。

 はやる気持ちを抑えてメイン・システムを起動しようとした。

 その時だった。


「何だコイツ」


 誰かの声がしたかと思う間もなく、僕は首根っこを乱暴につかまれて体を宙に持ち上げられる。

 ひっ!

 だ、誰?

 僕は必死に足をバタバタさせて首を巡らせようとしたけれど、強い力で締め上げられて首を動かすことが出来ない。

 く、苦しい。


 懸命にもがく僕をつかんだその手がグルリと宙で反転し、その人物の姿がすぐ間近に見えて僕は思わず全身を硬直させた。

 黒と赤を基調とした肌の露出の多いレザーアーマーを身につけ、短めの赤い髪と銀色の瞳が特徴の活発そうな少女。

 それは双子の姉・魔獣使いのキーラだったんだ。

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