第10話 闇に浮かび上がる真実

 砂漠都市ジェルスレイムの喫茶店内に開いていた穴から地下に潜り込んで数分が経過していた。

 懺悔主党ザンゲストのメンバーである科学者ブレイディの作り出した薬品で小さなフェレットに変身した僕とジェネットは、狭い穴の中を悠々と進んでいく。

 穴の中は当然のように暗かった。

 だけど僕はすぐ前を行くジェネットの綺麗きれいな毛並みがハッキリと見える。

 これもフェレット化した僕の能力なんだろうか。

 

 穴は最初の少しキツい傾斜から徐々に緩やかになり、下るのにそれほど苦痛ではない程度のカーブを描きながら下へ下へと向かっていく。

 前を行くジェネットは前方に顔を向けたまま先ほどから話を続けていた。


「そこであの砂嵐が現れた時に、遠方から私の方に向かってくる懺悔主党ザンゲストの皆様の姿が目に入りました。これはチャンスだと思い、法力で浮力を調節して、遥か上空まで巻き上げられたんです。双子がどこかから監視していたとしたら、私の姿は砂嵐に弾き飛ばされて一瞬で視界から消えたように見えたでしょうね」


 ジェネットの説明を聞きながら僕は穴の内壁に3本の脚をかけて下り坂をスルスルッと降りていく。

 フェレットになっても右の前脚は失われたままだったし狭い穴だったけれど、フェレットの体になったおかげで苦もなく進んでいくことが出来る。


「その後、かなり離れた場所に着地した私は同志たちによって救出され、私はすぐに荷物の中に身を隠しました。そしてその荷物は何人もの同志やそれ以外の人を経由して、ようやくあのお店へと至ったのです」


 そうか。

 それなら双子に足取りを追跡されることはないもんね。


「その際に先ほどのブレイディから伝言を受けた懺悔主党ザンゲストの同志たちから驚くべき情報がもたらされました。それがこの穴のことです」

「この穴を進んだ先に何があるの?」

「このジェルスレイムの地下に存在するのは地底湖です。ですが、そこよりもさらに地下奥深くに空洞が存在することが分かったのです。ゲームの公式では認められていない場所ですが、ブレイディの調査によりその存在が明らかになりました」

「そんな場所が?」


 驚いてそうたずねる僕にジェネットは立ち止まり、僕を振り返ってうなづいた。


「おそらくこのゲームの開発段階で作られたものの、構想から外れて実際にはゲームの中に組み込まれなかった地下空洞でしょう。それがバグとなって残っているのです。普通ならば絶対に行くことの出来ない場所のはずです」

「……そ、そこに何があるの?」


 息を飲んで僕がそう問いかけたその時、狭かった穴が少し広めの踊り場ような場所に出たため、僕らはそこで一度休憩を挟むことにした。


「そのお話をする前にミランダのイベントの様子を確認しましょう」


 そう言ってジェネットは自らのメイン・システムを起動すると、イベント中のミランダの様子をモニターに映し出した。

 絶賛襲撃中のミランダは戦闘開始からすでに1時間になる今でも元気にプレイヤーたちと戦い続けている。

 モニターの中にはイベント開始からの経過時刻と、生き残っているプレイヤーやNPCたちの人数がカウントされていた。

 それによると開始時に100人いたプレイヤーは開始1時間で早くも20数名まで減っていた。

 ミランダの猛攻に耐えきれず、レベルの低いプレイヤーたちは敗れ去ったんだろう。

 生き残っているのはさすがにレベルの高いプレイヤーばかりだから、ここからは彼らの数が減るペースは緩やかになるだろう。


 で、NPCの方は……ん?

 参加した50人のうちまだ42名が生き残っている。

 彼らはすべてサポートNPCだ。

 雇い主であるプレイヤーたちの方が先に負けてしまって当人たちが生き残るなんて珍しいな。

 プレイヤーたちはサポートNPCを先陣に立たせて盾役やおとり役にしていたのに、先にプレイヤーたちの方がゲームオーバーを迎えるなんて。


「奇妙な展開ですね」


 ジェネットもすぐに異変に気が付いてモニターをじっと見据えていた。

 戦いは例の中央広場から徐々にオアシスの方向にその舞台を移しつつある。

 ミランダの周りにはNPCたちが群がっていた。

 NPCたちの大半がすでに雇い主を失っているけれど、ミランダを攻撃するという雇い主からの命令が残っているんだろう。

 彼らはミランダを狙って押し寄せる。


 ミランダはそんなNPCたちに周囲を取り囲まれて実に鬱陶うっとうしいといった表情を見せていた。

 それにしてもそうしてNPCたちが周囲を囲んでいるせいか、プレイヤーたちは思うようにミランダに接近できず、仕方なく遠目から魔法や遠距離攻撃を仕掛ける人が多いな。

 でもあの距離なら魔法攻撃が主体の魔女であるミランダにとっては有利に戦いを進められるだろう。


 業を煮やした戦士のプレイヤーがNPCたちを蹴散らすようにして割って入り、ミランダへと攻撃を仕掛けるけど、場所が狭いために思う存分に剣を振るえずにいる。

 そうしてもたついているうちに戦士はミランダの闇閃光ヘル・レイザーを額に浴びて昏倒こんとうした。

 そうした戦いの様子を見守りながら僕とジェネットは互いに顔を見合わせる。


「NPCだけが残っちゃって変な感じだね。あれだとプレイヤーたちは戦いにくいだろうなぁ」

「いや……NPCたちの動きが奇妙だと思いませんか?」

「えっ?」

「ミランダを取り囲んで攻撃しているにもかかわらず、あまり大きなダメージを与えられていません。それにあれだけ周囲を囲まれているミランダの表情には余裕が感じられます」


 僕はミランダの表情をアップにしてみた。

 確かにNPCたちから囲まれて攻撃を受けている割にはミランダの表情から切迫感は感じられない。

 むしろ少々物足りなさそうな不満げな表情が浮かんでいる。

 確かにNPCたちはミランダを取り囲んでいる割には全員で一斉に攻撃しようとはせず、一見して派手に見える戦いだけど、見た目ほどの苛烈さはない。

 もっと連続で波状攻撃を繰り出せば、ミランダも随分ずいぶんと苦しめられるだろうに、NPCたちはそうはしようとしなかった。


「おそらくミランダも違和感を覚え始めているでしょう。NPCたちの奇妙な立ち回り方に」

「うん。一体何が起きているんだろう……」


 僕らがそう言っている間にもNPCたちのせいでミランダに直接攻撃を仕掛けることの出来ないプレイヤーたちは、中距離射程にいるため、ミランダが放つ魔法の格好の的にされてしまう。

 闇閃光ヘル・レイザーが次々とひらめき、プレイヤーたちが一人また一人と倒れていく。

 NPCたちの行動が結果としてミランダに有利な方に働き、戦局はプレイヤー側に圧倒的不利な状況へと傾いていく。


 そんな戦況を見つめながらふいにジェネットが目を見張った。

 そして彼女はモニターを捜査すると、画面上に移るNPCたちのうち幾人かを拡大映像にしてじっと見つめている。

 そんな彼女は何かを確認しているように二度三度とうなづいた。


「ジェネット? どうしたの?」

 

 僕がそう言うとジェネットはハッと我に返り、やがて考えていることを僕に話してくれた。


「……先ほどブレイディが話していましたが、彼女が初めて小型動物化できる薬液の作成に成功し、自らその効果を試してみた際、前から気になっていたこの穴の中に潜ってみたのです」


 確かにさっきブレイディは自分で穴に潜り、そこでとんでもないものを見たと言っていた。

 そしてジェネットの話によれば探求心から潜り続けることおよそ30分、ブレイディは地下に広がる空洞の中に降り立ったという。


「そこで彼女は見たのです。多くのキャラクターたちがその場所に幽閉されているのを」

「……ゆ、幽閉?」


 思いもよらないジェネットの言葉に僕は思わずそう聞き返した。


「ええ。キャラクターたちは首や手足を鎖で繋がれ、感情が欠落したような表情でただ立ち尽くしていたと。その異様な光景を見たとき、ブレイディは最初それが何を示しているのか分からなかったといいます。だけど我に返った彼女は、その中の何人かをメイン・システムを利用したカメラで撮影し、そのキャラクターたちのプロフィールをメモしたのですが……」


 そこでブレイディは作業を中断せざるを得なかったという。

 なぜならその時、空洞の奥に不思議な魔法陣が発生し、緑色に輝くその円の中から、ある人物が姿を現したためだ。

 僕はさすがに話の先が見えてきた。


「そ、それがあの双子だったってことだね」

「ええ。つい昨日のことだそうです。幸い、小動物と化していたブレイディは双子に見つかることなくすぐに引き返して事なきを得たのですが、確かにキーラとアディソンの姿を見たと言っておりました」


 それからブレイディは持ち帰った写真とメモしておいたキャラクターたちのプロフィールを添えて、すぐに神様に報告を行ったそうだ。


「それで分かったのですが、写真に写っていた人々は全員、以前に双子のクラスタでNPC化したキャラクターたちでした」

「……え? それってどういうこと? NPC化したキャラクターが双子に閉じ込められちゃってるの?」


 僕の問いにジェネットは首を横に振った。


「報告を受けた我が主はそのキャラクターたちのことを調べました。ですが予想に反して彼らは健在でした。このゲーム上で今も活動しています」


 んん?

 話が見えないぞ。

 僕が首をかしげるのを見たジェネットは画面に映る拡大画像のNPCたちを指差す。


「この人たち皆、ブレイディが写真を撮った人たちです。今もこの先の地下奥深くに閉じ込められているはずの人たち。彼らがサポートNPCとしてこのミランダ襲撃イベントに参加している……」


 そうつぶやくとジェネットはすぐにメイン・システムを操作して神様にメッセージを送る。


「今、ミランダとの戦いに参加しているサポートNPC全員の身元を洗い出してもらいます。嫌な予感が的中しそうです」


 地下に捕らえられている人たちと、今ミランダとの戦いに参加している人たち。

 それがイコールでつながる可能性がある。

 ジェネットはそう言っているんだ。

 彼女は神様へのメッセージを送り終えると、モニターを閉じて僕を見た。


「これから突き止めなければなりません。NPCとして活動中であるはずの彼らの体がなぜこのような地下深くに幽閉されているのか」

「そうだね。とにかくその場所に行って、そのキャラクターたちを確かめないとね。でも双子がその場にいたらそれどころじゃなくなるよ」

「やむを得ない場合は迷わず戦いましょう。その場合、アル様はご自分の身を守ることに徹して下さい。私は双子を叩き伏せます」


 ジェネットは決然とそう言うと再び穴の奥へと歩き出す。

 僕も彼女の後について再びやみの中を進み始めた。

 行く先を包み込む暗闇が、先ほどまでよりひどく重苦しいものに感じられて仕方がなかった。

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