第3話 進化する魔女

 ミランダが上位魔法・悪神解放イービル・アンバインドで召還したのはおなじみの魔牛ではなく、2体の人型魔神だった。

 

「な、何だあれ?」


 2体ともに真っ黒な影のような存在だけど、片方が弓を持ったスラリとした狩人のような姿で、もう片方はなたらしき刃物を持ったずんぐりとした猟師のような姿だった。

 何だ?

 あんな魔神、初めて見るぞ。

 もしかしてミランダ、下位スキルだけじゃなくて全てのスキルがバージョンアップされてるのか?

 そしてこの状況に目を丸くしているのは当然、僕だけじゃなかった。


「お、おい。アディソン。話が違うぞ。牛じゃねえのかよ。牛狩り用に猟犬どもを連れてきたんだぞ」

「くっ。おそらく事前に全てのスキルを入れ替えていたのでしょうね。バッドタイミングです。腹立たしい」


 キーラとアディソンは傍目はためにも明らかに動揺していた。

 そんな双子の様子など一顧だにせず、ミランダは召還した2体の魔神に命じる。


「狩りの時間よ! おどりなさい!」


 ミランダの命令に応じて2体の魔神が弾かれたように動き出した。

 狩人と猟師はそれぞれ弓矢となたで次々と魔獣たちを狩っていく。

 狩人が連続で放つ漆黒の矢は猟犬たちの頭や首や胴を正確に貫いていく。

 猟師はなたを振り下ろして容赦なく魔獣の首をはねる。

 マッドリカオンとレッドハイエナは2体の勇猛なハンターたちを前にして成す術なく1体、また1体とその数を減らしていった。

 

「すごい……強いぞ」


 僕は思わず目を見張り、うめくような声でそうつぶやいた。

 2体の魔神の動きはまさしく狩りハンティングだった。

 魔牛の攻撃のような圧倒的なダイナミックさはないけれど、魔牛では出来ないような繊細せんさいかつ的確な動きは猟犬たちを相手するのに適していた。


「くそっ! アディソン。このままじゃ目的を果たせねえ。アタシがミランダをやる!」

 

 キーラは我慢できずにそう言うと、意を決して暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュの守りから飛び出してミランダに向かっていく。

 アディソンも暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュを解除して動き出した。

 どうやらアディソンの暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュは展開したまま動くことは出来ないらしい。

 双子の気配をミランダはすぐに察知する。


「隠れみのから出てくるなら狙い撃ちよ」


 そう言うとミランダは再び闇閃光ヘル・レイザーを放とうと右手を上げた。

 

「何度もやらせるかよ! 爆弾鳥クラッシュ・バード!」

 

 キーラが決死の形相で爆弾鳥クラッシュ・バードをありったけ投げつける。

 今回はキーラの反応が早く、ミランダは舌打ちして闇閃光ヘル・レイザー爆弾鳥クラッシュ・バードを打ち落としていく。

 狩人と猟師は猟犬の対処中であり、ついにキーラがミランダと距離を詰めた。

 ミランダが危ない!

 

「もらった!」

 

 キーラは獣属鞭オヌリスを振り上げると、それを勢いよくミランダに振り下ろした。

 ミランダは黒鎖杖バーゲストでこれを受け止めようとするけど、むち黒鎖杖バーゲストに巻きつくようにして回転し、その先端がミランダの額を直撃した。

 キーラの渾身の一撃を受けたミランダの額から鮮血が飛び散る。


「この間合いなら忌々いまいましい閃光も無力だぜ!」


 キーラは手ごたえを感じたみたいで地面に着地すると、ミランダにそのままつかみかかった。

 だけど、大きなダメージを受けてひるむかと思われたミランダは、鮮血が額から流れ落ちても瞬き一つせずにキーラを見据えた。


「そうね。けれど勘違いしないこと。この間合いは私の間合いであって、あんたのじゃない」


 ミランダがそう言った途端だった。

 彼女の足元の地面が突然、墨を塗ったように黒く染まり、それはミランダの足を中心に半径1メートルほどに及んだ。

 そしてその黒染めの地面から無数の黒い腕が伸びてきてキーラの足や腕をつかみ、その身動きを封じてしまう。


「な、何だっ?」


 突然の予期せぬ拘束にキーラは声を上げた。

 

亡者の手カンダタ。もうあんたは逃げられない」


 ミランダのステータスウィンドウの一部がまたしてもロック解除され、不明となっていた中位スキルに『亡者の手カンダタ』という魔法が明示される。

 

「クソッ! 離せっ! 気持ち悪いんだよ!」


 キーラは声を荒げて悪態をつくけれど、何十もの手がその全身にまとわりついて成す術なく身もだえする。 

 そしてキーラは荒い息をついてついに獣属鞭オヌリスを落としてしまった。


「ちょ、やめっ……はぅぅ。ああっ!」

 

 亡者の手カンダタは、そんな彼女の太ももや尻やら胸を容赦なくモミしだく!

 モミモミッ!

 モミモミッ!


「うはあっ……や、やめろぉ! や、やんっ!」


 さしものキーラも顔を紅潮させて女の子っぽい声を出す。

 な、何か無駄にエロいんですけど、それ必要?

 

 でも僕に唖然としているヒマはなかった。

 キーラの相手をミランダが務めている間に、アディソンが僕の方へ向かって猛然と突っ込んでくるのが見えたからだ。

 や、やばい!

 こっちに来る。 

 僕は背後で苦しげに横たわっているアリアナの姿をチラリと見た。

 アディソンのねらいがアリアナであることは明白だった。

 

 僕は思わず腰を引いてしまう。

 ど、どうしよう。

 アリアナはまだ動けないし。

 だけどもう逃げるのも間に合わない。

 僕が思わずミランダの方に視線を向けようとしたその時だった。

 

「アルッ! あんたがその女を助けたいって思ったんでしょ! だったら最後のケジメは自分でつけなさい!」


 ミランダは僕に背を向けたままそう言った。

 りんとしたその声は洞窟どうくつ中にこだまする。

 その声は厳しかったけれど、弱腰になっていた僕は背すじがピンと伸びるような思いがした。


 そうだ。

 アリアナを助けると決めたのは僕だ。

 ミランダの不在中に僕が勝手にやったことだ。

 ミランダが来て助けてくれたけど、彼女に全部を任せるなんてスジ違いなんだ。

 僕は意を決して拳を握り締めると、咄嗟とっさに叫び声を上げた。


「タリオ! 来いっ!」


 横たわるアリアナのすぐ近くに落ちていた呪いの蛇剣タリオが瞬間移動して、僕の手の中に収まる。

 刀身にまとわりつくようにして施されたへびの装飾がウネウネと生き物のように動いて、柄の部分に移動するとそこでトグロを巻いた。

 鈍い金色の刃をむき出しにして戦闘状態に移行したタリオを装備した途端に、僕のステータスにライフゲージが出現した。

 そして僕の弱かったステータスはタリオの特性によって強弱逆転し、弱かった力は強く、遅かった動きは速くなる。

 タリオを装備したのは、王城前でミランダを救うためにリードと戦ったあの時以来久しぶりなんだけど、体に力が湧いてきたぞ!

 戦える!


「邪魔です! アリアナを渡しなさい」

 

 僕の目の前に猛然と迫り来るアディソンは吸血杖ラミアーを振り上げてそう叫んだ。

 その杖の先端に取り付けられたドクロが大きく口を開けて僕に牙をむく。

 僕は歯を食いしばった。

 アリアナは僕の友達なんだ。

 だから彼女に手は出させない!

 僕はタリオを振り上げてアディソンを迎え撃った。

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