第2話 闇の閃光

 ミランダの右手がまばゆく光った瞬間、双子の妹である暗黒巫女みこ・アディソンが悲鳴を上げて倒れた。

 そんなアディソンの額からは、光の粒子が溢れ出している。


「な、何だ?」


 これにはキーラも動揺した声を上げ、本能的な危険を察知したのか、即座にその場に低く身を伏せた。

 何だあれ?

 ミランダってあんな魔法使えたっけ?

 僕はあまりの速さで見えなかったその攻撃を確かめるため、自分のメイン・システムを起動するとシステムメニューから「リプレイ動画」の項目を選択する。

 これは戦闘のリプレイを見ることの出来る機能で、それを利用して僕はさっきのミランダの攻撃をリプレイモードで見直した。

 

 画面の中では、ミランダの人差し指からまばゆい閃光が発せられ、それが一条の光となって一直線にアディソンを狙ったシーンがスロー再生されている。

 その光はアディソンが暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュを展開しようとするより一瞬早く、彼女の額を見事に貫き、ダメージを与えたんだ。


「ま、まるでレーザービームだ」


 ミランダってば、いつの間に新しいスキルを実装したんだ?

 それが気になった僕はミランダのステータス・ウィンドウを見ようとしたけど、今のミランダはステータスにロックをかけてるみたいで、内容を見ることは出来なかった。

 そうか。

 双子に見られないよう細工したのか。

 メンテナンスに出かける前の一昨日、最後の戦闘をした時にはまだスキルは以前のままだったから、たぶん今回のメンテナンスでスキルを入れ替えたんだろう。


 すごいよミランダ。

 パワーアップしたんだね。

 僕はそんなミランダを誇らしく思い、彼女の戦いを見守る。

 地面に伏せているキーラが立ち上がろうとするのを見たミランダは、再び人差し指を鋭く突き出すと声高に叫んだ。


闇閃光ヘル・レイザー!」


 途端にそれまでロックがかけられていたミランダのステータス・ウィンドウの一部が開示され、下位スキルに『闇閃光ヘル・レイザー』という新スキルが実装されていることが明らかになった。

 ミランダの指先から射出された閃光はキーラの脇腹をかすめていく。


「うぐっ!」


 キーラはうめき声を上げて脇腹を押さえながら再び地面にいつくばった。

 そんなキーラをミランダは嘲笑する。


「何よ。大口叩いてた割に大したことないわね。事前に対策を練ってきた? 悪いけど私は日々進化していくの。進歩の無いどこかのおせっかい兵士と違ってね」


 進歩の無いどこかのおせっかい兵士?

 僕のことか……。

 僕のことかぁぁぁぁぁぁ!


「くっ! 調子こくんじゃねぇ!」


 激昂げっこうして頭を上げようとするキーラだったけど、ミランダが再び発した閃光がすぐ頭の上を通過し、慌てて額を地面につける。 

 ミランダはそんなキーラの様子に高笑いを響かせた。


「アーッハッハッハッハ! なかなかいい格好よ。ケモノ女。土下座の最上級たる土下寝に近いわね」


 土下寝。

 そんなのがあるのか。

 よし。

 いざとなったら(おもにミランダに怒られた時)使えるな。

 僕は土下寝を覚えた。


 それにしても闇閃光ヘルレイザーか。

 すごい魔法だな。

 黒炎弾ヘル・バレットほどの威力はないけれど、速度は段違いだし、魔力が1点に集約されているせいで貫通力もハンパじゃない。

 魔力を指先に集中しなきゃいけないから黒炎弾ヘル・バレットに比べて連射がしにくいみたいだけど、中距離から撃たれたらあんなのよけられないぞ。

 僕がそんなことを考えていると、最初の一撃を浴びて昏倒こんとうしていたアディソンがようやく目を覚まして起き上がった。


「あら。お目覚め? もっとゆっくり寝てなさい。なんなら永遠にどうぞ」


 そう言うとミランダはアディソンに照準を向ける。

 だけど今度はキーラがすばやい反応で中位スキル・爆弾鳥クラッシュ・バードをミランダに投げつけた。

 数羽の赤く燃え盛る鳥が襲いかかってくるのを見るとミランダは舌打ちしてこの鳥たちを闇閃光ヘル・レイザーで撃ち落とす。

 そのすきにアディソンが今度こそ暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュを構築すると、キーラはアディソンと共にその裏側へと転がり込んだ。

 ミランダは全ての爆弾鳥クラッシュ・バード撃墜げきついすると面倒くさそうに顔をしかめる。


「ダッサ。姉妹そろってかくれんぼ? 威勢のいいのは口だけね」


 ミランダにそうののしられたキーラは暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュの向こう側で怒鳴り声を上げる。


「おまえの家来の兵士だってコソコソ隠れてんだろうが!」


 ほこ先がこっちに向いたぞ。

 隠れているのは事実だが断じて家来などではないっ!


「あいつは私公認のダサ男だからいいの。ダサいのがデフォルト。ダサさが個性」


 わーい。

 公認だぁ。

 コラッ!

 

「アタシらは隠れてたっておまえを攻撃出来るんだよ! 行け! 魔獣ども」


 キーラが声高にそう叫ぶと、後方に控えていたモンスターたちがミランダに襲いかかる。

 その多くは猟犬型の『マッドリカオン』や『レッドハイエナ』といった魔獣で構成された数十頭の群れだった。

 確かこのモンスターは群れで狩りをするタイプだ。

 とにかく狡猾こうかつでチームワークも抜群ばつぐん厄介やっかいな奴らだったと思う。

 そんな魔獣たちが徒党を組んでミランダに襲いかかる様子に僕は思わず叫び声を上げた。


「ミランダ! 気をつけて!」


 だけどミランダは涼しい顔でモンスターの群れを迎え撃つ。


「誰に向かって言ってんのよ。犬っころに負けるようじゃ今すぐ魔女廃業よ」


 そう言うとミランダはすぐさま上位魔法の詠唱を始める。

 闇閃光ヘル・レイザーで迎え撃つには敵の数が多すぎると思ったんだろうね。


 彼女の上位スキルは『悪神解放イービル・アンバインド』っていう召喚術で、その土地に眠る悪の神を呼び出して戦わせるっていう強力な魔法なんだ。

 ちなみにこのやみ洞窟どうくつには魔牛と呼ばれる巨大な牛の魔神が眠っている。

 他の場所では獅子とかの別の魔神が現れるんだけど、ミランダの本拠地であるこの洞窟どうくつでの戦いでこの魔法を使う時は決まって魔牛が現れる。

 その魔牛によってこれまで多くのプレイヤーたちが踏み潰され、角で突かれてゲームオーバーを迎えてきたんだ。


 でも僕は不安を感じていた。

 魔牛は大きくて力も強いけれど、動きはそれほど速くない。

 猟犬タイプの小さくて動きの速いモンスターをまともに相手に出来るかどうか分からないぞ。

 ふと見ると暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュの中で揺らめく双子の顔は不適な笑みに彩られている。

 やっぱりそうだ。

 双子は当然、ミランダの上位スキルについても対策を練ってきている。

 僕はたまらずに声を上げた。


「ミランダ! 魔牛だと分が悪いよ!」


 僕はそう叫んだけど、ミランダはまるで気にした様子もなく、詠唱を終えて魔法を発動させた。


悪神解放イービル・アンバインド!」


 ああっ。

 間に合わなかった。

 だけどそんな僕の心配はすぐに消え、同じように双子の顔からも笑みが消えて愕然がくぜんとした表情に変わった。

 ミランダが呼び出したのはおなじみの魔牛ではなく、見慣れない2体の人型魔神だった。

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