第12話 用意周到! 双子のワナ

溶岩噴射マグマ・スプラッシュ!」


 アディソンがそう叫んだ途端、ゴゴゴゴと腹の底に響くような地鳴りとともに地面が激しく揺れ始める。

 そして彼女の周囲の地面が割れ、赤黒く燃え盛る溶岩流が噴出した。


「うわっ!」


 途端にムワッとした熱気が周囲を包み始め、洞窟どうくつ内の気温が急激に上昇する。

 え?

 ゲームなのに温度設定があるのかって?

 そうなんだ。

 このゲームではその土地その場所によって気候設定が設けられていて、この洞窟どうくつの中は15℃が基準設定なんだ。

 だから僕は15℃を下回る気温の場所にいくと寒いと感じるし、逆にそれ以上の気温のところでは暑さを感じる。

 

 あ、暑い……。

 アディソンが噴出させた溶岩流は洞窟どうくつの各所に流れ出していて、そのせいで洞窟どうくつ内の気温はむせ返るほどに上昇している。

 僕のステータス・ウィンドウに表示された温度計によればすでに気温が30℃を超えてさらにグングンと上昇し続けていた。

 僕が顔をしかめてアリアナに目をやると、彼女は苦しげに表情をゆがめたまま身動き出来ずに立ち尽くしている。

 

「ア、アリアナ?」

「わ、私、氷の魔法に特化してるから高温高熱の耐性が低くて……」


 苦しげにそう言うとアリアナはくちびるを震わせてひざをついてしまった。

 そ、そうか。

 アリアナは暑さに弱いのか。

 彼女は魔法の中でも氷の魔法にのみ絞ってステータスを強化している。

 だから氷の魔力を高めるための代償として熱への耐性を弱くせざるを得なかったんだ。

 アリアナのステータスウインドウには、30℃を超えて温度が1℃上昇するたびに確実に低下する各種のステータス値が表されていた。

 な、何てこった……。

 そして僕らとは対照的にキーラとアディソンはこの高温の中でも平然としている。


「ハッハッハ! 苦しいだろう? おまえが熱に弱いことは調査済みなんだよ。アタシらの装備は耐熱仕様だからヘッチャラだけどな」


 キーラは得意げにそう言うと右手を天に向け、左手に持った獣属鞭オヌリスを地面にビシッと打ちつけた。


「さあ来い! アタシのかわいい魔獣ども!」


 キーラがそう言うと、溢れ出る溶岩流の中から燃え盛る体を持つモンスターが次々と現れた。

 それは2種類のモンスターで、片方は体長50センチほどの燃え盛る炎の体を持つトカゲであり、もう片方は炎そのものが空中で踊り狂っているかのような炎の精霊だった。


「ひ、火トカゲと炎霊だ!」


 どちらもモンスター・カタログで見たことのあるモンスターだった。

 僕が声を上げると、アリアナは顔を上げて苦しげな表情ながらも戦闘態勢をとった。

 そんな彼女の様子に僕は不安が喉元からせり上げてきた。

 

「アリアナ! 無茶しないで離脱するんだ!」


 1対1で申し込まれる決闘戦でない限り、不利な戦闘からは離脱することが出来る。

 もちろん相手に取り囲まれたりして逃げられない時もあるけど。


「ダメ。出口がふさがれてる。戦うしかない!」

 

 アリアナの言う通り、洞窟どうくつの出口方向にはアディソンが陣取って呪術による溶岩流の放出を続けている。

 その周囲には溶岩流が足の踏み場もないほどに渦巻うずまいていて、簡単には逃げられそうにない。

 そうこうしているうちにも10体ほどの火トカゲが地面をい寄ってくる。

 そして空中からは踊り狂う炎霊たちが迫ってくる。

 アリアナは氷刃槍アイス・グラディウスを放って火トカゲや炎霊を蒸発させていくけど、次から次へと湧き出てくるモンスターをいくら倒しても焼け石に水だった。


 まずいぞ。

 このままじゃまずい。

 ジリ貧の戦闘を続けていくうちに魔力も残り少なくなっていき、アリアナは追い込まれていく。

 僕は自分の手にした槍を恨めしげな気持ちで見つめた。

 こんな槍を持っていても一般NPCの僕は戦闘に加われない。

 せめて呪いの蛇剣・タリオがあればアリアナに加勢することが出来るけど、あくまでもタリオはこの洞窟どうくつの主である魔女ミランダの所有物であり、彼女が不在の今は装備することが出来ない。

 僕は相変わらず無力だった。

 応援の声を張り上げることくらいしか出来やしない。

 

「アリアナ! 負けるなぁぁぁぁ!」

 

 アリアナは歯を食いしばると、決死の覚悟で魔力を拳に込めた。

 そして多少のダメージは覚悟して火トカゲや炎霊の群れの中を突っ切っていく。

 一直線にキーラの元へ突進するアリアナの考えは僕にも理解できた。 

 アディソンはどうやらあの溶岩噴射マグマ・スプラッシュの術を展開している間は身動きが取れないらしく、一歩も動いていない。

 先にキーラを倒してしまえば、アディソンは自分の身を守るために術を解かざるを得ないだろう。

 アリアナのねらいはそこだった。

 

「はあああああっ!」


 飛びかかってくる火トカゲや炎霊の熱に体のあちこちを焼かれながらも、アリアナは猛烈な勢いでキーラと距離を詰める。

 だけどキーラはアリアナの突進にも臆することなく、不敵な笑みを浮かべた。


「特攻か。いい覚悟だな。だが愚か者の極みだ」


 そう言うとキーラは獣属鞭オヌリスを握り締め、自分に向かってくるアリアナに襲い掛かった。

 2人の距離が一気に詰まる。

 

氷結拳フリーズ・ナックル!」


 アリアナは渾身こんしんの一撃をキーラに浴びせかける。

 凍結した拳がキーラを粉砕しようとした。

 だけどアリアナの拳がキーラの体に届く寸前に、突然キーラの体がユラユラと揺れる蜃気楼しんきろうのようなもやに包まれたんだ。


「えっ?」


 アリアナの氷結拳フリーズ・ナックル蜃気楼しんきろうの中に浮かぶキーラの姿をユラリと揺らしただけだった。

 そして蜃気楼しんきろうの向こう側から声が響く。


「あなたが自慢の拳で殴りつけたのは幻影。ワタクシの作り出した蜃気楼しんきろうなのです。愚かですね」


 それはアディソンの声だった。

 同時にアリアナの足にむちが絡み付いてすくい上げた。

 アリアナは足を取られてしまう。

 

「きゃっ!」

「残念だったな!」


 キーラの獣属鞭オヌリスはアリアナの足首に絡みついたまま彼女を地面に叩きつけると、そのままの勢いでアリアナの体を洞窟どうくつの高い天井スレスレまで放り投げる。


「うくっ……」


 アリアナが宙に投げ出された瞬間に蜃気楼しんきろうが消えた。

 すると蜃気楼しんきろうのあった場所からわずか後方に双子の姿が現れた。

 キーラが獣属鞭オヌリスを振るうその背後では、いつの間にかアディソンが溶岩噴射マグマ・スプラッシュの術を解除してピッタリと姉に付き添っていたんだ。

 

「ワタクシの中位スキル『暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュ』の出来栄えはいかがでしたか? そしてこれが上位スキル『魔神の吐息サタン・ブレス』です!」


 そう言うアディソンの口から緑色のきりが噴射され、落下してくるアリアナの体を直撃した。

 途端に尋常じんじょうではないアリアナの悲鳴が空気を切り裂く。


「きゃあああああっ!」


 その苦しげな悲鳴があまりにも危機的に感じられ、僕はたまらずに駆け出していた。


「ア、アリアナーッ!」

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