第四十二幕「蝶々」

 見覚えのない公園で、僕は一人ブランコに座っていた。

 昔から高いところが苦手な僕はこの遊具でまともに遊んだことがない。

 他の子達がけたけた笑いながら凄い勢いで上に飛び上がったり、下に落ちたりする姿を横目に、自分はいつも足をゆらゆらと下手くそなのを装って―実際ブランコを漕ぐのは下手だ。こんな遊び冗談じゃない―申し訳程度に揺れているだけ。

 時が経って、周りの人間が誰も遊具で遊ばなくなった頃には僕もある程度の高さを条件付きで克服したが、いかんせんブランコ遊びに関しては臆病なままだった。

 苦い思い出に抗うべく、おそるおそる粗い砂利の地面を蹴った。

 少し凹んだ地面が遠のき、ブランコが前後運動を始めた。

 高所恐怖症の人間が度々言われる、『下を見るな』を実践してやろうかと、視線を少し遠くのものに合わせる。

 ジャングルジムに、滑り台、ああ、鉄棒もあるや。高さの違う一本線が、横に並んで背比べをしている。

 えらく狭いように感じる砂場に、誰かの忘れ物だろうか、小さなバケツとスコップが見えた。名前もきちんと書いてあるのにだめじゃないか、ドジっ子だなぁ。

 近づいたり、離れたりする視界で、黄色いその側面に書いてある文字を読もうとする。

 遠く振られているときにはどうしたって小さくて判別できない。なら砂場側に振られているその間に見極めてやろう。

 そう思いながら、僕は不思議なことに気がついた。


 さっきからブランコの振れ幅が大きくなりつつある。


 漕いでも、地面を蹴っているわけでもないのに、ひゅるりと耳元が風の音を聞くくらいには速度がついてしまっている。

 急いで地面に足をつけようとするが、何かがおかしい。

 

 まるで両足を失ってしまっているようだ。いくら踏ん張ろうと地面との摩擦をまるで感じない。

 いよいよブランコが円の直径を描きそうな高さまで往復し出す。

いよいよ恐ろしくなり振り落とされまいと隣のチェーンをつかもうとするが―


―自分を固定する腕は、そこに


 天とも、地ともつかない混沌とした景色を最後に、僕はそのまま宙に放り投げられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る