第三十六幕「黒い箱」

 これは、少し時を遡る。


「あー、皆集まってくれたね。ああ、そこの水は好きに飲んでくれたまえ」

 ドクターが咳払いを挟んで、よし、と再び会議室をその声で満たす。

「それでは、先のアンドロイド風俗の一件―保管庫にて回収されたアンドロイド数体の解析結果が上がったこと受け、またこれの解決に当たっての捜査方針を再確認するため、緊急会議を始める。まずは講師ゲストから」

 続いて、ミスシュガープラムが立ち上がって話し始めた。

「アンドロイドの解析結果を報告する前に、いくつか確認をしたいとおもいますわ」

 会議室前方にある、大型スクリーンに光が灯った。

「まず、一般的に我々が言うアンドロイド―正確には、壱型アンドロイド―とは大災厄以降に出現した、人を駆逐するという共通の使命を帯びた、人型の機械メカを指しますわ。この機械には高い観察能力と知力、加えて擬態能力が見られ、これら三つを駆使して彼等は我々人間の身の回りに潜伏し―あるいは入れ替わり―、人類都市内部から人間を狩るよう本能にありますの」

 スクリーンが切り替わる。

「―と、ここまでは誰でも知っていると思いますわ。ただし、アンドロイドそのものの仕組みについて一般人はもちろん、シンジュク政府が誇る頭脳、アカデメイアの研究者でさえ完全には説明できませんの」

 そこに映し出されていたのは、ゴム状に見える皮を剥がれた人型の何かであった。人にあるはずの骨や肉がない、血の赤色も一切存在しないその中身には、複雑に入り組む鈍銀色の内部構造が詰まっていた。

過去に回収されたアンドロイドの検体か―これを見せられても素人の自分にはそれくらいしかわからない。

「アンドロイドにはこれまでの人間が作り上げてきた、いわゆるロボットとは遠くかけ離れた技術が用いられていますわ。それは遥か昔に起きたシンギュラリティ―機械が人間の知能と同位となり、生みの親を超えたその瞬間―から開拓された、人類が未だ到達できていない境地、機械が作り出し、機械のみが行使し得る技術――」

 ミスシュガープラムがそこで一息をつく。深く息を吸い込んで、再び言葉を続かせる。

「現在判明しているもので特筆すべきは、弐型アンドロイド同様、壱型アンドロイドもまた大まかに分けて二つの部品で構成されていること。そして、その中でも重要なものがアンドロイドの中枢―アンドロイドの核と呼ばれる部分の存在ですわ」

 スクリーンに、歪な球状をした物体が映し出された。それは鈍銀色の他の部位と比べて数段明るい色をしており、太い管状の何かが至る所から伸びていた。皮肉にもそれはちょうど、人間の心臓にも似た印象を抱かせた。

「アンドロイドはこの核を中心に、不定形の組織をその周りに構築することによって自らを形作っていますわ。高い擬態能力もこれによって得られるもの―ここで弐型と異なるのが、その不定形の組織が個体によって出来上がっていること―組織が組み合わさり、あるいは切り離されて彼らはその形を細部にまで渡って自由自在に作り変えられますの」

 アンドロイドが変形する様を思い出す―彼らは常に伸縮自在に自らの形を変形させて対峙する僕らに歯向かってきた。恐ろしい変貌はこれが成せる技だったのだ。

「中心となる核の役割はその変形、そして行動の全ての指令を司ること。逆にいえば、アンドロイドの全てはこの“核”に詰まっていると言っても過言ではありませんわ」

「まぁだから、言うなれば、奴らは“単細胞生物”みたいなものなんだ。一つの核を中心にその存在を為す―まぁもちろん、ゾウリムシのように穴が空いただけで死ぬほど単純ではないがね―ただし、基本は同じだ。要は核を潰すか、身体を修復不可能になるまで破くかさえすればアンドロイドの撃破は完了というわけだ」ドクターが座ったまま補足を付け加えた。

「―ありがとうございます。ここまで説明をしたところで、件の回収されたアンドロイドの解析結果を説明したく思いますの」

 あの胸を痛ませる、改造をされたアンドロイドの姿が目の前に浮かび上がった。衣服はないので乳房も何もかもが露わとなってしまっている、哀れなソレが映し出された。

暗いあの部屋では気が付かなかったが、失われた手足はそのままもがれてしまっているようで、傷跡から鈍銀色の内部組織が顔を覗かせていた。生々しいとはまた別のものだろうが、不快な感情を与えるには十分だった。

「彼―いや、彼女らと便宜的に呼ばせていただきますわ―は手足、そして下腹部に損傷を受けてはいるものの、完全に機能不能になるまでは至っていませんわ」


「つまり、まだアンドロイドとしての本能は全うできる状態にありますの。上半身には無事な不定形組織が存在しており、その性質を鑑みれば組み換え次第でいくらでも人間に危害を与えることができる。無抵抗でいる理由がありませんわ」

 慰安用に改造されているとはいえ、いまだに人を殺めることのできるという事実を裏付けるように、スクリーンの写真が入れ替えられ、アンドロイドが切り刻まれていく。鈍銀色の組織がまだ十分残っているというのも事実であるようだった。

「残る可能性は―核。実際に回収したアンドロイドと他の検体を解析、比較したところ、我々はそれが今までで前例のない状態にあることを発見しましたわ」

 スライドが終わる。そして、ミスシュガープラムが手に持ったものを見せた。

 それは、先ほどまで見ていたアンドロイドの『核』であった。ただし、その形状が変だ。それは、歪な球状ではない、まんまるい形をしていた。管も繋がれていない。

「形も変わり、中身も変わっている―核がその機能を停止―つまり、人間でいう脳死に近い状態ですわ。本能も防衛機能も極限まで削ぎ落として、彼女らは眠っていましたの」

「でも、それがどうしたって言うんだ?所詮は機械―誤作動でも起こしたんじゃないか?」

 クルードが言う。

 ミスシュガープラムが彼を指差し、ごもっとも、という顔をする。

「そう、その可能性を我々も考えましたわ。でも、これだけのアンドロイドが同時多発的に、なんの前触れもなく誤作動を起こすのは不自然―それも、女型ばかりがこうして同じ手法で手足を捥がれ、改造をされてこの状態にあるのは偶然と割り切れるものではない―」

「誰かしらが意図的にアンドロイドを選び、脳死に追い込んでいる、ということでしょうか」つい、僕の口が開いてしまった。

 彼女がこちらを見て笑った。

「そう、その通り。その方が自然だと私も思いますわ。ただ、その線で考えても辻褄の合わないところはありますの」

 アンドロイドの核を厳つい見た目の箱にしまって、ミスシュガープラムがこちらに向き直った。

「どう使われるかはわかっても、我ら人類はその仕組みについてまでは理解できていない―


―ブラックボックス―


―アンドロイドの核に干渉するすべを、人間わたしたちは持ちませんの」

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