第三十四幕「王手」
「何の真似でしょうか」奥村がいかにもな作り笑いをして問いかける。
「何って、見ての通りよ。奥村さん」
答えるベスの口角が吊り上がった。
「奥村さん、ようこそ公安局へ。
それはシンジュク政府の全てを監視する公安局でも容易には手を出せない、幾層にも重なった社会の絶対的な影だ。
市場権力を裏で操り、民政に口を出し、常に日々の淵で存在している。
そんな組織が、公安局に対してある取引を申し出て来た。
『掃除してほしい場所がある。』
「貴方、まだ若いでしょう。可哀想にね」
「話が見えないのですが、ねぇ猫田さん、何が起きているのです?」
その報酬は、依頼が終わってから得られるらしい。
「あら。物分かりが悪い方ではないと記憶していたのだけれど。見当違いかしら」
「……」
奥村が黙る。そして、段々とその表情が変わり始めた。穏やかさを装う仮面がひび割れ、砕け散る。残されたのは、恐怖に慄く一人の哀れな男であった。
「そんな…そんなことが…」
ひねり出される言葉が痛々しい。
「そう。貴方は捨てられたの。他の誰でもない、児社会そのものに。そして、私たちはそれを拾っただけ」
多少日陰であろうと、表の世界が取り沙汰すのはいつだって目立つものだ。抗争の果てに統合された一大組織、そしてその頭を担う若い世代。
だが、大抵の事の本質は目に見えないものだ。
それは誰も知らぬ奥深くの底で伸びる人の世の根。
ゆえにその実体もまた、日の目を見ることは決してない。
地上に出てくるものは取り替えのきく枝葉のみ。奥村は、形ばかりの頭に過ぎなかったわけだ。
児社会は邪魔者となった奥村の排除と引き換えに、裏社会で存在するアンドロイド界隈の情報を、奥村自身を経由して寄越してきたのだった。
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