第三十二幕「玉の首」
「―最近ウチの仕切ってる地区で許可を得ぬままにバショ作ってる連中がいましてね、簡単に言えば、場所荒らしが横行してるんです。金はきっちり出してくるんですが、そこで何やってるのかサッパリ分かりゃしない」
奥村が足元に転がる筒を足の爪先で蹴りながら話す。
「目ぇの届かない影はどんな組織にとっても厄介ごとの種です。ウチらとしては言うことを聞かずコソコソやってる輩は処分したい―」
「それならば、ご自分達でなされてはどうかしら。わざわざ一斉逮捕のリスクを負ってまで公安局と手を結ぶことはないのでは?」ベスが返す。
児社会ほどの大きさともなればこれくらいのいざこざ、難なく解決できるはずだ。最終的には、法外的な手段を用いてでも武力行使で相手の服従を得ることだって可能だろう。これが出来ない理由があるからこそ、この会話が存在しているのだった。
「アンドロイド絡みなんですよ。知っているくせに。相手が人間ならともかく、あんな
彼がその後話したのは、人間によく似たアンドロイドの体を慰み物として扱う商売の概要であった。
そして、今目の前にあるこれがその実物だった。
「危険は無いのですか?」
ベスが男に話しかける。彼が厚いレンズの入ったメガネを押し上げながらそれに答えた。
「そー思うでしょう?これが全っ然暴れしなんのよ。俺もね、最初はビビっていたさ。でも今じゃ慣れたもんだし、何よりコイツラにはゼニ稼いでもらってるからね、感謝感謝よ」
ほれ、と彼は近くにあったケージをバンバン叩く。中にいる、服を一切身に付けていない女性型のアンドロイドは震えて反応するものの、攻撃的な素振りは全く見せないようだった。
「そうなのですか…ところで、この大量のアンドロイドは何処から来たのでしょうか」
「それは分からんね。俺が最初ここの管理を任せられた時からもうこれくらいいたよ」
「任せられた?―では、ここでお仕事をなされる前は何をしていらしたのでしょうか?」
「あー、それ聞いちゃうー?お嬢さん、ズカズカくるねぇ」男が何本か欠けた前歯を見せて笑った。
「申し訳ありません、まだこういったものは不慣れでして」
「んーそうなの?でもべっぴんさんには逆らえないからねぇ」
男がケージに目を落とす。
「お恥ずかしながら、ホームレスだったの」
「―以上が現状判明している事柄です」ベスがプレゼンを締めくくる。
ケージに入れられたアンドロイドの写真を映すスクリーンが暗転し、会議室に明かりが戻った。長机に座る面々の顔がしっかり見えるようになる。
「ご苦労様。よくまとめられているわ」キャンベル局長が一番に言う。
その隣には難しそうな顔をしたまま書類を見つめる二人―ミスシュガープラムとドクターが座り、その向かい側にはインとクルードが腰掛けていた。
「それで?その後の処理はどうしたの?児社会の名を騙った以上、その界隈に波紋が生まれない筈がないのだけれども」
「ああ、それについては男の身柄を確保した上でアンドロイド複数体を押収、物件はそのまま監視対象として体制を敷いている。そもそも素性の分からぬホームレスを雇っている時点でそこまでの忠誠はアテにしていないだろう。金を持って逃げられたとでも考えるさ」姿勢を正したドクターが局長の問いに答える。
「今回ベス達に潜入してもらったのはいわゆる慰安用に改造されたアンドロイドの、保管庫みたいなものだ。他にもこのような物件は複数存在し、保管庫の他に客を呼ぶ店として機能するものや、アンドロイドを出荷―つまりは売りつける店などが存在する」
「ったく、気色悪いぜ」クルードが悪態をつく。インは顔色ひとつを変えずにただ資料をめくっていた。
「そう。それで、押収したアンドロイドは今どうしてるの?」
「それに関しては、現在アカデメイアにて分析中ですわ。アンドロイドがこのような状況下で人間に対し服従的な態度をとること自体これまでの研究を覆しかねません―指揮系統を中心に、慎重に調べる必要があります」ミスシュガープラムが返す。
「それでは、現状はアンドロイドの解析結果と男性の聴取待ちね。みんな本当にご苦労様。このまま解決に向かうことを祈るわ」
局長が会議室を後にすると、残りの人間が各々捌けるのも時間の問題だった。
先ほどまで広げられていたスクリーンが畳まれ、奥から順に照明が落とされていく。公安局機械化班に属する施設は地下にあるため、当然窓はない。細かな機器から発せられる小さな光だけを残して、部屋はすぐに暗くなった。
ふと、ケージで埋め尽くされたあの薄暗い空間を思い出す。
アンドロイドの保管庫が入る建物付近には、あらかじめ児社会関係者に扮した公安局の捜査員が派遣されていた。周囲の監視の警戒、そして作戦が戦闘に発展した場合における応援のためだ。それというのも―「今回のこれは、組織だったものに違いない」ドクターが、出入り口からこちらに話しかける。
「―しかも、厄介な組織を相手にしていることは間違いない。解っているな、ヒロ。我々は蜂の巣を突いた。後処理はしたものの、波紋を止めるすべはない。これからは時間との戦いだ。あちらがこちらの動きを追えないうちに、ケリをつける必要がある」
ベスがあの胡散臭い男性を取り押さえた後、彼らは集合し、速やかな現場検証が行われた。そうして、今回の作戦は遂行されたのだった。
あの作戦が、児社会の目をも掻い潜って動ける規模の組織に気づかれない筈がない。児社会の名の裏にある公安局にもすぐ辿り着くだろう。僕らがなすべきことは、あちらが逃走を図る前にその息の根を止めること。
「対局は始まった。期待しているよ、我らが
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