第三十一幕「交換」
「ここね。如何にも隠れ家って感じじゃない」
歌舞伎町に存在する、電飾に覆われた数々のビルのうちの一つ、その四階にたどり着いた僕らは、とことん面白みのない無機質な扉と対峙していた。薄暗く緑っぽい照明が金属製のハンドルを冷たく照らし出している。
「それじゃいくわよ。冷静にね」
ベスがハンドルに手をかける。
がちゃり、と音がして、その向こうが映し出された。
「お酌だなんて、そんなものじゃないことは承知でしょう」奥村と名乗った男が笑う。
「あら失礼、でもここは本業の方に教えていただいたほうが早いと思いまして」
極めて不快感のある会話が繰り広げられる。
「よろしいでしょう」
奥村が立ち上がった。
「これ、なんだと思います?」
そういうと、彼はこちらに向かって何かを蹴り転がした。
薄ピンク色の物体がプラ包装に包まれているようだったが、くしゃりくしゃりとそれが転がってくる。
テーブルの脚に引っかかって止まり、ようやっとその正体が分かった。
首を動かさず二度見して、つい、目をそらしてしまう。
「まぁ、見ての通り
「…面白いですね。詳しく聞かせていただけますか」
顔色一つ変えずにベスが問いかける。
「風俗ですよ。
「どうも、児社会の者です。話はツケて頂いていると存じますが?」
「ああ、児社さんね。待ってたよ。ちゃっちゃと奥行こうや」
そういう声とともに、安っぽいゴムスリッパの音が聞こえてくる。ドアを開けてすぐ先にも関わらず急にL字に曲がった、異様な廊下の奥から小柄な男性が姿を表した。
見た目からして中年かそれ以上。身につけているのはタンクトップとスエットのズボン。春が近づいているとは言え未だ冬のこの時期に、だ。露出した肌が所々黒いのは汚れなのか、ただのシミなのかもよくわからない。
今時ほとんど見かけない丸レンズのメガネをぐいっと押し上げる動作さえもそれはそれは胡散臭いという印象の人物だった。
「ええ、今日はよろしくお願いいたします」
「はぁいやぁ女の人とは聞いてたけどまさかこんないい
時折振り返りながら、男性が言う。ついでにこちらを見て変な被りもんなんていうのも聞こえてきた。
「ええ、まぁそんなところです」微笑みを浮かべながら、ベスが返した。
「まぁすごい時代になったもんだなぁ。ほい、じゃあウチはこの先にあるからさ、まぁゆっくり見て行ってよねぇ」
扉の先には、また扉があった。しかし表のものとは違いこちらはいくつも鍵をつけ、厳重に閉じられているようだった。男性がこなれた手つきで鍵を開けると、重そうな音がしてそれが開く。
その先にあったのは―
「まぁウチだと二十体くらいが限界でさ、もうちょっと広ければいいんだけどねぇ」
「そう、ですか―」
―アンドロイドだった。
緑色を帯びた光が室内を照らす。装飾の一切ないその部屋は、本来ならば広いと認識されるものなのだろう。そう、本来ならば。
そこには、幾つものケージが所狭しと積まれていた。大型犬用のものか、薄暗いのでよくは見えない。ただ分かるのは、何かがその中で蠢いていることだった。
中を覗き込むと、手足のないアンドロイドがもがいていた。
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