第三十幕「はじめ角」
いわゆる乱暴な稼業の人間といえば質素と豪華が矛盾しながら共存する部屋に複数人の黒服を並べ、和服姿の老人が仕込み杖を握る光景を思い浮かべるが、時代は進むものらしく、自分らが通された部屋は簡素そのものが表現されているものであった。
白い壁に囲まれた殺風景な空間に、真っ黒なソファが硝子の机を挟むようにして置かれている。唯一の特徴といえば、簡単なティーセットが並べられた書斎机らしきものがその奥にあることくらいで、単純な事務所の印象を変えるものは何もなかった。
「ようこそ。お役人さんを客に迎えるなんて、とても珍しいのですけどね」
僕らの向かいのソファに腰掛ける、物腰の柔らかそうな男性が紅茶を淹れながら話す。ふわりと湯気がのぼり、彼の着る灰色のスーツをこえると部屋の背景色に紛れて見えなくなった。
「我々と致しましても、対応していただけて感謝します」
ベスがいつもと違った、丁寧な声音で返事をする。
空気が重い。
下手なことをすればタダでは済まされないだろうと容易に想像できた。
「いいえ、これは互いにとって、見過ごすことのできないモノですからね。持ちつ持たれつですよ」ぎろり、と一変。男性の瞳が眼鏡の奥で光る。
「紹介が遅れました。しかしまぁ、ここまできている以上私が何者かは十分承知の上でしょうが。こちらの歌舞伎町の一帯を仕切らせていただいております、児杜会の五代目会長を務める、奥村でございます」
「では、私も。人類都市法務部直下、公安局機械化班の猫田と申します。此度の協力、改めて感謝の念を申し上げます」
ベスも名乗ると、互いに名刺を差し出す。当然、互いに偽名だろう。しかし、形式上でもここは名乗ることになっている。どうせこれは存在しない会議だ。
「いいえ、私らとしても解決したい問題でしたから」にやり、とまた一変。表情筋だけの笑顔がこちらに向けられた。
四十年前の大災厄が起き、その後の人類都市シンジュク建設当初からその存在はあった。
その起源はかつての日本政府や世界各国に存在していた非合法組織。難を逃れようとした果て、ここシンジュクに流れ着いた彼らはしばらく縄張り争いを繰り返すことになるが、ある時を境にそれは終止符を打たれる。次代の乗っ取り―いわゆる若頭とされる時期トップが各々の組織を取りまとめ、自分達の議会を開き、自分なりの平和を築いたのだった。
以降児社会はその多様な人脈を糧に光の照らされぬ影としてシンジュクを構成し、結果的に支えることになる。
『事実、嗜好品一般はウミホタルでほとんど生産されておらず、政府を介さない一般企業がその独占権を握って甘い汁を啜っている。これも奴らが裏で構えているから成り立つ仕組みなのだが、こちとら歴史の浅いおまわりさんが手を出すにはあまりに深くて危険な穴だね。今微妙に立っているジェンガを崩しかねない。うーん、悔しい』とはドクターが無駄に高い菓子を貪っていた時にこぼした愚痴だ。
「さて、そろそろ本題に移らせていただきたいと思います―」
ベスが何も臆せぬといった態度で切り出す。
「アンドロイドのお酌はいかがですか?」
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