第二十七幕「嵐の前の静けさ」

 タップを捻ると左手に持つシャワーノズルから勢いよく水が噴き出した。足元に流れ込む冷水がゆっくりと温水に変わったことを見届けて、丁度自分の目線より少し高いくらいの位置にあるホルダーにノズルをはめ込む。

 もはや聞き慣れてしまったカタカタという、人間の生身からは出ないはずの音が鳴った。

 昨晩の戦闘、というべきか。ウミホタルからの帰還を果たし、義手と義足の点検を受け終わった頃にはもうすでに日は高く昇っていた。

 この地下施設にはあまり関係ないけどな、なんて皮肉を思いついて黒い笑みを浮かべる。

 今いるシャワー室の存在を知ったのもついさっきの事だ。ベッドの脇にあるスイッチを押したら開く壁なんか、SF映画でしか見た事ない。

 道理でクルードなんかを浴場で見かけないわけだ。

 シャワーから上がったらひとまずは寝床へ直行だな。疲れた。


 半裸でベッドに倒れている状態で目が覚めた。時計をみると、最後に見た時刻から大分時間が経っていた。

 今日のスケジュールはどうなっていたかな。確か、任務の翌日はフリーか。

 硬い指で眉間をつまむ。

 改めて、公安局は恐ろしい職場だ。

 そもそも、公安局は通常の警察組織とはその成り立ちを異にしている。その起源は今から四十年前まで遡る。

 四十年前の大災厄。

 それは、世界各地に存在する主要都市から、突如として始まった機械による大反乱だとされている。

 かつて存在していた国家はその抵抗も虚しく国土を奪われ、壊滅へと追われたらしい。

 シンジュクがもともと存在していたニッポンも例外ではなく、トーキョーを発端にしてそう経たないうちに滅んだのだった。

 現状残るのは今あるシンジュクがそうであるような、隔壁に囲まれたコロニー、残された人類最後のゆりかごとなる人類都市だ。

 世界でもいくつかあるとされる人類都市―というのも、各都市はいまだに互いと連絡が取れていないために、他の存在を把握できない―だが、その中でもシンジュクは辛い奪還戦を繰り返して築かれた。機械メカの発生源を目と鼻の先にして、旧ニッポン政府部隊と他国軍を混成し作られた暫定政府軍が、激しい攻防の末手に入れたのがこの地である。

 そうして生まれたシンジュク政府だが、当然内部の治安維持に困った。

 丁度いい組織がなかったのだ。

 というのも、国家の成立に大きく貢献した軍部がある一方で、軍事主義政府に対して強く反発する民衆が立ち上がり、民主主義を貫く政府が警察の役割を軍隊に任せる事を許さなかったのである。

 それに加えて、稀に隔壁を越えてやってくるはぐれ機械メカ、そして後に判明した潜伏アンドロイドの存在が政府を悩ませた。

 結果として打ち出されたのが、軍隊の一部を解体し、国家の基盤となる部署の一つ、法務部の下に新たな組織として、公安局を作る案であった。

 機械と戦うノウハウを持つ一方で、確実に国家内の治安維持を全うする実力を持つ存在として、公安局の存在は時と共に民衆にとって大きな影響力を持つことになる。

 それが今の公安局、悪の他に、機械とも戦う警察組織であった。

 その中でも民衆には極秘の下存在し、あらかじめアンドロイドと疑わしき人物を選別して対処する部署、それが公安局機械化班なのである。

 もっぱらの職務は民衆に紛れたアンドロイドの特定と討伐。

 公安局本部の地下深くに潜み、例外的な諜報能力と捜査権限をもち、二十四時間の間一般社会に対して目を光らせている。そうして敵と分かれば軍隊顔負けの実力部隊、つまりは僕らが出動しその破壊を行うことになる。

 

 その実力部隊だが、まぁこんな自分がそうなのでやっていてなかなか疲れる。

 さて、起きようかと腹筋に力を込める。本来ならゆっくりと釣り上がるはずの上半身が、半分機械の助けによって気持ち悪いくらいにスムーズに起き上がる。

 むっくりと立ち上がると、部屋に備え付けられたモニターを確認する。今の所要請はない。外は晴れで、少し暖かいらしい。久しぶりにモグラ生活をやめてみようか。

 そうと決まればあとは早い。出かける支度を済ませ、部屋の扉を開いた。

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