第二十六幕「あふぎをとし」
冷たい明かりで照らされたパーキングロットに、地面を揺らす衝撃が走る。散らされてしまった白線に片足が乗った。一度割ってしまえば脆いアスファルトが、ぼろぼろと解けるように足元で崩れる。
ふと、自分の立つ位置が暗くなった。
急いでそこから駆け出すと、直後に自分の居た場所が潰された。もう何度も地面に打ち付けられて丸くなった、車だったモノが、細かい破片を撒き散らしながら地面にめり込む。
即座に銃を向け、車に巻きつくようにして生える銀色の触腕に弾を当てる。なんとか切れないものか、そう願いながら。
弐型アンドロイドは想像以上に手強かった。こちらが情報不足なのもあるが、単にその性能が十分強力だった。
流動化と固体化を繰り返し、自らの形状を変幻自在に変えるその能力はあらゆるものに応用できるようで、現に目の前のソレは、周囲にあった複数の車両を取り込むことでいつの間にかその大きさを巨大なものにしていた。
そのくせして信じられないくらいに速く動く。これがまた厄介であった。
「悪魔め…」悪態を吐きたくなってしまうくらいだ。
空になった弾倉を投げ捨て、新たなものを銃に叩き込んだその時、ヘルメット内に新たな着信の音がした。
『ラビット、こちらバッヂャー。加勢いたします』ころころとなる鈴の声が、こんな地獄の中でもよく聞こえた。
「ラビット了解、加勢まで幾らかかるか―」
真っ赤な光の帯が視界を横切ったかと思うと、直後に怪物の足元が炎上する。
「今すぐから、です」
地面に突き刺した巨大な剣から煙を登らせて、インがこちらに振り向く。深夜の闇の中輝く体が、その天使のような微笑みと合わさって神々しさまで醸し出していた。
「おーい!俺を置いて行くんじゃねえ!」野太い声がして目を向けると、クルードがガッシャガッシャと地面を蹴ってこちらに駆け寄ってきていた。
これで三人、遠くから狙うベスも合わせて四人が揃った。
「格武装の全てを鑑み、最良の
「サイン、ヤシマを展開!」
インの一声で、前線三人がそれぞれに駆け出し、散る。
足元を斬られ不安定になっていた怪物が姿勢を立て直す頃には、三方向からの攻撃を避けられるような余裕などなかった。
マナ理論独特の駆動音が鳴り響き、周囲の空気が熱せられているのがマスク越しに伝わってきた。今は見えないが、加勢した二人が二方向から攻撃を加えていることが分かる。
手榴弾のピンを引き抜き、地面を滑らせるようにして放る。後方に跳躍、即座に引き金を押し込んで銃弾を浴びせかけた。真紅の爆炎に脆くなったアスファルトが包まれ、出来上がった窪みに怪物の足元が嵌る。続く銃弾によって、液状のその組織に激しく波がたった。
複数の戦力によるこの一連の運びは弐型アンドロイド討伐戦を受けて用意された戦法だ。
それは、多方向からの攻撃によって相手を防御に集中させ、動きが止まったところを反動化マナ理論によって消しとばすと言うものだった。
その中でも前線三枚、後方一枚にカードを切った際の陣形、ヤシマ陣形は特に有用なものとして散々練習させられた。
半分混沌の混ざる視界の向こうに、同じようにして窪みに怪物の足元を追い込むクルードが見える。強引にその窪みに自らの足で蹴り入れているようだった。
絶対の防御を誇る液体の身体、そして絶対の攻撃を誇る瞬発力と硬化。この二つは片方ずつならば強力なものだ。
そう、片方ずつならば。
この二つは、両立できないのだ。
弐型は攻撃をする場合、その身を強張らせ、相対する敵に対して伸ばしつつ突き出さなければならない。
この時、鋭く尖る部分の他に、対象に突き刺すのに必要な力を込めて撃ち出すのと、確実に硬化した針を伸ばしきる意味合いで、これを支える
丁度冷凍庫から出してきたばかりのアイスクリームがいい例えだ。
冷えて固まっているアイスならばしっかりスプーンが刺さり、これを奥に動かそうにもかなりの手応えが返ってくる。逆に溶けて柔らかくなったアイスにスプーンを刺しても手応えがなく、それどころか倒れて手元から離れて行ってしまう。
この時のスプーンが硬化してできた針で、アイスクリームが本体だ。
つまり、弐型は攻撃するとき、部分的にではあれ自慢の防御力を捨てることになるのである。
逆も同様。
防御をするには液状化していなければならないために、攻撃に転じることはできない。
ならば移動はどうか。当然これもできない。
スプーンをしっかりと押し返す硬さ、要は地面をしっかりと蹴り出す部分がなくては得意の高速移動もすること能わず。
ここから導き出される弍型の攻略法は、叩きまくることである。
『殴って殴って殴りまくれ!さすれば勝機は我らの手に渡る!』ガハハハと満面の笑みで脳筋論をかざしていたドクターの顔がちらつく。
「今です!」
崩れきったアスファルトの穴にしっかりと不定形の怪物がハマったのを見届けたインが叫ぶ。
最後の手榴弾を投げ込んでその場から駆け出す。
三人が同時に下がった―と、直後に暗闇に鋭く響き渡る銃声がした。
その銃弾は弍型にしっかりとねじ込まれ、弾を飲み込んだ弍型の身体が内部から赤く染まるのが見えた。二発目、三発目と場所を変えて容赦無くそのスナイパーは弾を当てて行く。
そして間も無く、海辺のパーキングロットに巨大な真紅の花が咲いた。
弾ける轟音と熱風。
ヤシマ陣形の仕上げがなされたところで、長き夜の戦闘が終わった。
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