第二十五幕「丁度か半端か」

 ざらざらとしたアスファルトの上を、靴底で撫でる様にしてそろり、そろりと進む。

 マスクによってぼんやりと照らされた視界が、もはや目と鼻の先まで迫った乗用車をとらえた。

 さて、の答えあわせをする時だ。

 右手に持っていた、一見缶ジュースのそれを構える。上部に取り付けられたピンを素早く引き抜くと、景気の良さげな、ぷしゅりという音がした。

 どこに投げたものか。

 投擲までの若干の合間に、手榴弾を喰らわせる最適な場所を見極める。

 自分の読みでは、弐型は車と

 骨格の丈夫な壱型と比べ、一般車両のそれは脆く、自慢の素早さを捨ててまで融合することは非合理的だ。

 殺傷力、防御性を鑑みても、素の方が確実に人に危害を加えることができるだろう。

 唯一の懸念はその機動性の利の確保であったが、ここまで敵を近づかせた時点でそれは捨てたものと見える。

 車両の初速は遅い。ゼロスピードからの勝負、かつ近距離戦であれば車輪の長所は活かせまいだろう。

 ならば、車から燻り出すのみ。

 振り子の要領で腕を振り、手榴弾を車の下に滑り込ませた。

 右脚を踏み込み、後方へ跳躍する。と、ほぼ同時に、手榴弾が炸裂した。

 それはまるで、太陽が降ってきたかの様だった。

 球状の紅色が妖しく咲き、閃光を撒き散らす。空気が灼け、ぴりぴりとした熱気が肌に吹きつけられた。

 視界が鮮明になってくると、先ほどまでの車に代わって、椀状の穴がぽっかりと空いていた。

【スキャンを実行しています。予期せぬ攻撃に注意してください】

 マスク内の音声がとともに、索敵を実行する旨の表示が浮かび上がる。

「キャット、弐型は?」一部始終を見ていたであろうベスに呼びかけた。

『上!』予想外の声音だ。

「へ?」と、上を見上げると、いつの間にか顔を覗かせていた月明かりに、銀色に光る怪物の肢体がきらめいて見えた。それには、確かに乗用車のものと思われるシルエットがあった。

【上方、約20メートル先に対象を捕捉。以降は全ての攻撃を補正します】

 完璧なる読み違い。

 悔しさに膝から崩れそうになるが、なんとか歯を食いしばって堪えてみせる。スリングを振り回し、愛銃となった小機関銃の銃握を掴んだ。

「クッソがぁあああ!!!」

 銃弾の効果が薄いことは承知の上で、牽制と恨みを乗せて引き金を絞る。

 青白い光を放つ腕をリコイルが蹴り、今宵一個目の弾倉が空になった。

 敵の着地地点はおおよそ自分の立つ場所と見切り、後ろに跳ねる。

 直後、ぐしゃりという金属の潰れる嫌な音とともに、怪物が地上に降り立った。

銀色かつ流動状の見た目はそのまま、その姿は均衡が取れていない。

 ただの塊であるそれが前と違うのは、いくつもの大きな破片に千切れた乗用車が、その身に混ざりこむ様にして浮かんでいることであった。

 コートのホルダーに手を伸ばす。自分の持つ手榴弾の残りは二個。それはつまり、このふたつで決着がつかぬのであれば、他に頼るほかないことを意味していた。

「キャット、他の二人は?」

『戦闘は未だ継続されているわ』

「どうして−」と、言いかけて、脳裏を恐ろしい考えがよぎる。

『私にも分からないわ−敵は戦闘を放棄して逃走、それで倒しきれないわけだけど、事実上、戦力を分散させられたことになる』

 そんな、馬鹿な。

 アンドロイドはその本能として目につく全ての人間を抹殺する様に出来ている。しかし、今目の前で繰り広げられている限りではその本能すら無視し、なおかつあり得ないとされた集団行動をしていることになる。

 完全に、こちらの誤算だ。

 目の前の怪物が変形をした−一本の長い腕のようなものを生やし、上に伸ばしている。

 よく見ると、その先端がどうも異質な形であった。その異質な影を作っているのが、腕の先に集められた車両の破片であると気付いたのは、それが高速で振り下ろされる直前だった。

 間一髪これを避けるも、腕が退いた後の地面には機筋もの亀裂が走り、その中心にかけて凹んでいた。

 車両の部品を、そのまま鈍器にしてきたか。生身で受ければ確実に沈められるだろう。

 小銃のマガジンを投げ捨て、新たなものに取り換えた。

【敵対象の分析を開始。戦闘の継続を推奨します】

 マスクの指示に従い、引き金を引く。

「戦闘を長引かせ、援軍を待つ。フォローは任せた」

『了解よ、ラビット』

 通信が切れた直後、再び物騒な腕が振り下ろされる。

 怪物に銃弾を絶え間なく浴びせながら、今日何回目かの跳躍をした。

 今は耐える。ただそう、心に誓った。

 

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