第二十三幕「Do a barrel roll!」
きん、と張り詰めた空気が場を凍てつかせる。直後、轟音とともに目の前が真っ白になった。体が縦に横に投げ出される。折れてしまうのではないかと思うほど、首がぐらんぐらんと揺れた。
しばらくそのまま振られて、衝撃が止んだ。天地がひっくり返っている。シートベルトに捕まえられたまま、僕は万歳の恰好をしていた。
そこでようやく、車が横転していることに気付く。
「―解除」ドスのある声が聞こえた気がした。
【法的破壊=解除を確認。活性化マナ理論式破砕機構―始動します】
電子音声が鳴り止まぬうちに、装甲車が強く揺れた。途端に、車内が明るくなる。運転席側のドアが視界の遠くへ吹き飛んでいった。
「イン、スキャンはどうだ。敵は何体いる?」
そういいながら、障害のなくなった乗り込み口からクルードが這い出る。
「三体―ただ、逃げた車が数台存在します。そちらは確認し損ねました」インがシートベルトを引き千切る合間に言った。
「まぁ仕方ない。とりあえず、
クルードの向く先―ひび割れたガラス窓の向こうには、赤い双眸をぎらつかせる悪魔が佇んでいた。
かすかに聞こえてくるさざ波が潮の匂いを運び、風が洗い流す。マスクに搭載された暗視機能が展開―闇の中に、敵の輪郭がぼんやりと浮かび上がった。
歪に曲がった四肢、粘土を捻って伸ばしたかのような胴と首。その先には、耳の後ろから裂けて開く口と、真っ赤に光る両目のついた頭部が連なっている。まさに怪物と形容すべきそいつは、獣の真似をするかのように、醜く伸びた腕を地面につけて四つん這いとなり、凶悪なまでに鋭く尖った牙を覗かせていた。
殺気が空気に満ちる。
足元に捨てられた装甲車を見やると、ちょうどボディの側面から大きくひしゃげていた。たしかに、
『上!』
頭上に影が落ちる。咄嗟に受け身を取ると、衝撃が右腕に加わった。靴底がアスファルトの上を滑り、幾分か後方に押し出される形となる。上に覆いかぶさるようにして攻撃してきたのは、髪を乱れさせた
鋭い銃声が耳を劈く。
視界が一気に広くなったと思うと、布をはだけさせながら機械が転がっていった。ベスの援護射撃が命中したのだ。
これで二体。地面に伏した女性型一体に、クルードとのにらめっこを続けるもう一体―三体目は。
【スキャンを決行します。索敵は即時戦闘へ発展する恐れがあります。ご注意ください】マスク内で味気ない音声が鳴った。
車、電柱、ガードレール―視界のありとあらゆるものに枠がはめられ、一つ一つ内部構造を解析していく。ここまでの時間わずか数秒。と、数ある枠のうち一つが赤く染まった。
表示は――弐型だ。
「不審車両内に一体。弐型と確認―以上をもって破壊対象三体を確定。戦闘を開始します」インが宣戦布告を言い放つ。
熱気が夜の寒気を祓う。
機械との対峙が終わり、鋼鉄対鋼鉄の戦いが始まった。
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