第二十二・五幕「ならば教えて鬼の意味」

 少し時をさかのぼって、機械化班指令室の一部、会議室。

 そこには似合わぬ白衣を着た大男と、生真面目そうな見た目の貴婦人がいた。壁に映し出されたスクリーンにいる、ビー玉状の悪魔を見て、大男が椅子を大きくのけぞらせながら顔をしかめる。

 機械の腕を持つ青年を先頭に、遠ざかっていく足音。それが聞こえなくなったのを確認して、貴婦人が会議室の扉を閉めた。入念にも鍵をかけ、脇に挟んでいたバインダーを取り出しながら彼女は大男に近づく。

「どうしたんだい?プラム君。いつにも増して真面目そうな表情じゃないか。私は笑顔が総合的に好きなんだけどね」

 冗談を言うかのような調子で、彼が言った。

「ドクター。何をお考えなのですか」語尾の癖も抑えて、真剣を極めた濡羽色の瞳が大男に向けられた。

「何を、と聞くのは無粋かな」

「弐型に見られる機構―液化金属技術には、見覚えがあるはずです。あなたなら、

ドクタータチバナ―いいえ、第一次機械戦線の英雄―”破壊王=Mr.Wrecks"」

 大男がため息をつく。

「昔の名前まで出して、何が言いたいのかね」

 ことばの終わらぬうちに、ばさりと紙がテーブルに散らばる。それらはどれも、一つの名前を記していた。

『機密事項 ムセイオン暫定政府研究所』

「シンジュク政府には、いくつかの封印技術が存在します。今回の液化金属技術もその一つ。あれは本来、機械メカの捕縛のために作られた機構―当時ならば、グレイプニルという名を冠されたものです」

 苦虫をかみつぶしたような表情で、大男が紙に目を落としていた。その姿に、まくしたてるような勢いで貴婦人が続ける。

「これはムセイオン由来の封印技術―パンドラの箱に含まれる一つ。そして、記録に残される限り、パンドラの箱を封印したのは暫定政府軍機械化部隊―ドクターの部隊で間違いありませんね?」

「君は、弐型アンドロイドについて私が何かを知っているのではないか、なぁんてことを疑っているのかい?」

 ドクターと呼ばれた男の目が、濡れ羽色の目を射抜く。その表情には、余裕が戻ってきていた。

「疑っているわけではありません。ただ、あの子達を戦いに向かわせる以上、知っていることがあるならば共有すべきなのではないか、と申し上げているのです」

 しばらく無言のまま、大男が、机に散らばった資料を一つの束に直して、それを婦人に渡しながら言った。

「残念だが、君が思っているほど私は有能ではないよ。思い当たる節がないといえばウソになってしまうが、不確実なことを言って他を惑わせるようなこともしたくない。それに、機械メカ側が自分で技術を考案した可能性だってある。パンドラの箱とすぐに結びつけるのは少し安直すぎやしないかね、君らしくもない」

 婦人はそういわれて口をつぐむ。

 がたり、と音を立てて大男が椅子から腰を上げた。

「まったく、君には本当に予想の斜め上をいかれるよ」そう笑って、彼は部屋から出て行ってしまったのだった。

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