第二十一幕「鬼は外」

 考えてみれば、着ぐるみの中に邪な想像を抱くのは大いなる間違いである。着ぐるみの脱ぎ着に、人の手を借りることはしばしば見受けられることであり、通常は中に簡単な内着を着るもので、別段外のがなくなった所でなんてことはないからである。

 だがそれは、思いもよらぬ形で裏切られることとなった。


 茶色の毛皮が落ちる。その向こうに見えたモノ、それは―

 黒。


 ―廊下の淡い光を受け、冷たい金属色を放つ黒が、そこにあった。インが、ずり落ちてしまった茶色を一瞥して、ため息混じりに諦めた顔を見せる。

「ああ、壊れてしまいましたか」

「す、すみません...」呂律も間に合わない謝罪をする。目を合わせられない。

「いいですよ。きっと、私がやっても結果は同じでした。でも、広報からは怒られるかもしれませんね」

「えっと、ぼ、僕があや―」そこで途中までの僕の言葉は、彼女の言葉でかき消されることになる。

「大丈夫です。お手を煩わせてしまって、すみませんでした。ありがとうございました、おやすみなさい」目も覚めるような美しい笑顔でそう言うと、彼女は茶色を抱きかかえて、暖簾の向こうに消えてしまう。

 神様が首だけを間違えてしまったように、服で隠されぬその四肢は、黒い装甲で覆われていた。

 

「―よし、これより、先の戦いよりもたらされた検証結果を君たちに報告したいと思う。戦略上重要な事項となることは必至だろう。各自、ひとまず手元の資料に目を通してくれ」

 ドクターの大声が、指令室に響く。僕等実戦班四人の座る正面にあるスクリーンには、競技場で戦った、あの楕円形の化け物が映し出されていた。

 言われた通り、手に持った小冊子に目を落とす。アカデメイアの紋章が入ったそれには、あの楕円形の細かい分析結果が載っているようだった。

「基本データはそこにある通りだが、君たちにはより実践向きの説明をしたく思う。講師ゲストの話をよく聞くように―無視するとキレるからな」

「一言余計ですわね」そういいながら、ミスシュガープラムがドクターの背後から現れた。ドクターにひとしきり悪態をつき終った彼女が、手に持った端末をスクリーンに向ける―すると、楕円の代わりに球状らしき何かが描写された。

「それでは、早速説明に移りますわ。まず、あなたたちが戦った楕円形の新型―以降弐型アンドロイドと呼称しますわね―について。簡潔に述べますと、これは大きさナノミリ単位の機械、微小機械ナノボットの集合体だということが判明しましたの」

 彼女が赤い点でスクリーン上の球を指す。見た目だけで言えば昔遊んだビー玉のようにも見えていたが、機械と言われた以上、そんな感傷も消え失せる。

「待て、あれは蹴ろうと撃とうとへっちゃらだったぜ?いくら小さくたって壊れる限界があるだろう」クルードが質問をぶつけた。

 確かに、あの楕円形はいくら衝撃を受けようと、まるで水のようにその全てを受け流していたのだった。

「それについても、きちんと答えがありますわ。これを見てくださいな」

 スクリーンが切り替わる。すると、先ほどの球体に切り込みを入れたような図が現れた。教科書に載っている地球のそれのような、核に層の重なる球体である。

「ナノボットは大きく分けて、二つのパーツで構成されていますわ。一つは機械本体、そして、これを包むようにして存在する未知の合金製の表皮メッキ。この一組の最大の特徴が、その耐衝撃性の高さを生み出していますの」

 切れ込みの入った球体の周りが、まるで液体のような見た目になる。

「瞬時に起こす表皮の液化と硬化。加えて、集合となることで一つの流動状となる能力。多数が一個体となった以上は、どんな衝撃も水にそうするのと同様―すべて無効化されてしまいますわ」

「また、先ほど言った通り硬化も自由に行うため、自らの形も自由自在だ。機動隊の報告にあった二体目とは、皮を被ったこいつだと結論付けられた。恐らくアンドロイドの一体目が撃たれた騒ぎに乗じて出現したのだろう。まぁ、君らと戦った時には同化していたらしいがな」ドクターが話し出す。

 だがそこで違和感を感じたのは、僕だけではないだろう。

「それでは、アンドロイド二体が協力していた―ということなの」ベスが切り返した。視線がドクター、ミスシュガープラムへと集まる。

 アンドロイドには、連携意識がない。

 一般的に、アンドロイドは一体で行動し、機会をうかがって攻撃を開始するのだ。万が一、二体以上居合わせてもそれは変わらない。共に行動しているように見えても、実情はただ互いを攻撃対象として認識せず、無視をしているのみ。

 これは合理性を最重要視する本能プログラムとして彼らに備わっているものとされている。

 しかし、二体が同化し、協同してその能力を強化していたとなればこの法則も総崩れとなってしまう。敵が進化し、脅威を増したということに他ならないのだ。

「それについては現在も解析中だ。骨格となった機械は早々のうちにかなり破壊されていた形跡もある故、同化はただ自らの殺傷力を向上させるために行われたとする見解も出ている―あくまでも、可能性での話だが」

「話が進んだところで―これから弐型の撃破方法について説明いたしますわ」ミスシュガープラムが話題をかっ攫っていった。きっとわざとだろう。

「持ち帰ったデータ、そして改めて判明した性質しくみから、切断、刺突、破砕といった、一般的な攻撃にてこれを打倒することは不可と断定―そこで、マナ理論を用いた破壊を試みますわ」

 





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