第十九幕「」

「―そして、このようにまた皆さんとお会い出来たのも、ひとえに彼らのおかげなのです。たとえ、あの凶悪な機械らが攻めて来ようとも、我々は最後に打ち勝つ。彼らは、勇敢さをもって、それを、私たちに教えてくれたのです―」

 競技場に、何倍にも増幅された声が鳴り響く。まだ修復の終わってない瓦礫に、乾いた空気に乗った世辞が振りかけられている。珍しく、空には雲一つない青天が広がり、惜しげみも感じぬ太陽の微笑みが、白く世界を照らしていた。

「それでは、皆さまに紹介したいと思います―競技場で起こった悲劇、二体ものアンドロイドの出現―これに勇ましくも立ち向かい、一般市民、そして自らの仲間、ただ一人の犠牲も出さずして撃破した功労者達を―」

 会場にいる、幾千もの視線が一斉に、一点に投げかけられる。

「公安局特殊機動部隊―三班の皆さんです!」

 拍手に送られて、何人かの姿が壇上に上がった。首から腕を下げている者、頭をぐるぐる巻きにされた者、松葉杖をつく者、車椅子に座り、肌の露出がほとんど見られぬ者もいた。ぼろぼろになった、勇敢な英雄達が、照れ臭そうに笑っていた。

「今日はこの場をお借りして、彼らの栄誉を称え、表彰を―」風が吹いて、進行役の声がかき消される。

 

 フードを被りなおし、マスクの顎を撫でた。手持ち無沙汰になってしまったのだ。隣を見ると、クルードが大きな欠伸をしていた。ベスと天使さんは見当たらない。

「飽きたか?」まだふわふわとした声で、クルードが聞いてくる。

「んー、かもしれない」

「まぁ、当たり前だ。他人ひとの表彰式なんて、正直どうでもいいしな。ましてや、手柄を取られたわけだ。聖人さんでもなきゃ面白いはずがねえだろうよ」そういいながら彼はうんっ、と伸びをした。

「マスクが暑いよ」

「おいおいとるなよ?言うこと聞かねえからって、今度は顔面引っぺがされるぜ?」

「素性隠しにそこまでするかなぁ」返事をしながら、くるりと後ろを向き、歩き出す。

「十分にありうるな。なんせ公安局ブラック勤めだぜ?俺ら」冗談をかましながら、ゆっくりと彼が後を追ってきた。それでも歩幅に差があるから、すぐに追いつかれてしまう。

 くふふ、と苦笑いをしながら、僕は太陽に手をかざす―新品の黒い手に光が反射して、きらきらと輝いた。

 無名非公式の戦士でも、それは平等に照らしてくれるのだ。




「―で、義手を爆弾にされた、と」ミスシュガープラムが腰に手をあてて言った。その顔は信じられないという表情だ。

「まったく、こんなにも早く壊れるなんて思っていなかったですわ」そういうと彼女は足早に部屋の向こうへ消えてしまった。機嫌を損ねたのだろうか。

 くあ、と僕は欠伸をする。結局、帰りのヘリコプターで少しまどろんだくらいで、出撃以来寝ていなかった。あと一時間もすれば、丸一日半起きていることになる。光にも敏感になっているようだ。照明の一つ一つにいちいちクラクラしてくる。

 寝台に寝かされたまま、いっそこのまま眠ってしまおうかと目を閉じてみた。瞼越しにライトが邪魔をしてくるが、耐えて、寝て、う、駄目だ眩しい。

 腕一本分軽い右半身から転がっていきそうになりながら、白い部屋を見渡した。そういえば、前に喪失ケガした時もここで目を覚ましたんだよな。それほど時間が経ったわけでもないのに、もう随分と昔のことのように思える。

 がらがらと、何か車輪の回る音がした。

 体を起こし、目を音の聞こえる方向に向けると、ミスシュガープラムがカートに何やら箱を積んで運び込んでいるところだった。そのまま目の前まで来ると、箱を開け出す。

「こんなにも早くこの子を試せる日が来るなんて―ああ、ドリームカムトゥルーですわ!」さっきとはまた調子を変えて、彼女がはしゃぎだしのが分かった。

 緩衝材の海から彼女が何かを取り出す―黒い、武骨な腕が顔を出した。光を受け、その色が変わる―角度によって、見え方が変わる様だった。

義手二号機マークツーですわ。前回は試作品プロトタイプの意味合いも兼ねていましたので...でも本命はこの子。装甲も出力も、桁違いに強くなっていますわ!」

 撫でられる装甲が、青い光沢を放った。地は黒なのに、なんとも不思議な色だ。

「と、このままではいけませんのよね。じゃあ、これを飲んで」彼女が、コップに入った透明黄色な液体を渡してくる。それを手に持つと、いい香りが鼻腔をかすめた。 

 きっと、躊躇している様子に気が付いたのだろう。すぐに言葉を続ける。

「ただのお茶ですわ。慌てずにお飲みなさい。ごめんなさいね、一人じゃ飲みきれなくって」彼女がマグカップを見せてくる。

 促されるまま口に含むと、すぅっと、さっぱりする香りが広がった。美味しい。

「私自慢のハーブティーですわ。味には自信がありましてよ。ただ、それでも、こうやって誰かと飲むのが一番おいしいの」そう言って彼女も一口カップにつけた。

「美味しいです。なんというか、落ち着きます」

「よかったですわ。だって、ずっと忙しかったですものね。腕のない時くらい、寛がなくてはやってられませんわ」そういってから、彼女はもう一口茶を進める。

 少しの静寂。白い部屋に、薄く漂うハーブの香り。緊張がほぐれ、忘れていた憩いがよみがえる。ささやかなティータイムが続いていた、はずだった。

「ところで―」ミスシュガープラムの声のトーンが変わる。

 すっかりくつろぎモードに移行していた僕は、背筋を伸ばした。

「今、打てませんよね、―」

 

 

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