第十八幕「暁天の霹靂」

 目をつぶる僕の耳から、たくさんの音が流れ込んできた。ヘリコプターの音、夜風の息吹、仲間の声に、たくさんたくさん。

 目を開けたいけど、僕には怖くて開けられない。

 弱いな。うん、知ってる。

 いつだって、いつだって。

 なぁ、自分。

 お前は、こんなところで何をしているんだ。

 何のために戦っているんだ。

 なんでこんな大役を背負っているんだ。

 無理に決まっている。ほら見ろ、死にかけているじゃないか。

 昔からそうだ。いつも振り回されて、出しゃばって、ほとほと嫌になってくる。


 ―でも。無理でも、やってみたかったんだよな。

 ヒーローに、なってみたかった。あの時の勇気を信じたかった。人を、守りたかった。あまりに不格好だけど、それでも。

 ごめん。自分―僕にはまだ、人であるこの手が残されている。

 まだ、足掻けるんだ。


 固く閉じていた瞼を開く。伸ばされた左手には、もう一つ、別の手が握られていた。

「よく頑張りました。ここからは、任せてください」

 鈴のような声が、ころころと鳴る。見上げると、そこには、僕をみてほほ笑む、天使がいた。

「右腕、お借りしますね」そういうと、天使が何かを振り上げる。直後、目の前に壁が出来た。感覚のないまま、肘から先がその向こうに取り残される。ふたたび壁がなくなると、そこにはあの、黒光りする義手が落ちていた。

 天使がそれを拾い、もう片方の腕で僕を引き上げ立たせた。右脚が動かずよろける僕を支え、見届けると、彼女はこう言ったのだった―


「―法的破壊リミッター全解除オフ


【法的破壊=解除を確認。亜活性化マナ理論式臨界機構―始動します】

【法的破壊=解除を確認。反動化マナ理論式崩壊機構―始動します】

 二つの音声が鳴り響くと、天使の体が青白く光った。周囲の空気に、熱が込められる。そして、彼女がまた、を振り上げる―その時だ。それが、華奢な彼女の体躯とはあまりに不釣り合いな、巨剣だと気づいたのは―彼女の姿とは対照的に、刀身が薄赤い光を放つ。

 

 天使に、楕円が襲い掛かった。幾筋もの銀針が彼女をめがけて飛ぶ―しかし、それらは全て届かない。目視できない剣筋の閃きによって、全てが切り裂かれ、したのだ。

 彼女は何の苦も無く怪物との間合いを詰めて行く―その剣の切っ先が届くところには、全てが成す術もなく消滅していくようだった。

 

 天使がいよいよ怪物の懐に飛び込む。横一文字に薙ぎ払われた巨大な刃が、金属色のそれを切り裂いた。溶けたような赤が、刃を追って咲く。

 それでも塞がりつつある切り口―そこに、彼女があの義手を投げ入れた。閉じきる直前のそれに、一際紅に染まった刃が突かれる。深く、深く敵を穿った剣を引き抜き、彼女が後ろに跳躍した。

 天高くを、青白い光の軌跡を残しながら天使が飛翔し、僕の隣に着地する。

 楕円が動きを止め、縮んだように見えた―次の瞬間、轟音を放って爆発した。

 爆風と真っ赤な閃光をまき散らしながら、その存在が燃え尽きる。その姿を僕は見たのだった。

 

 一連の爆発が収まり、夜風が熱気を洗い流した頃。天使は、僕に歩み寄り手を差し出してきたのだった。

「はじめまして、ジャックラビット。公安局機械化班―呼称コードネーム歩兵バッジャーです。よろしくお願いしますね」

 そういって笑う彼女の笑顔が、夜明けの光に輝いて見えたのだった。

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